夜はしみじみ思う
朝だったら、しれっと手を払った後、質問を続けていくに違いない。朝の「なぜ、どうして」は思いのままに浮かんで飛び回る。
昼だったら、困った顔のまま手を払い、黙って相手を見続けるだろう。わりに肝が据わっているところがある。
夜だったら。
夜は右手でモリーの手をべりりと引きはがすと、静かに、モリーの目を見たまま伝えた。
「なら余計に私には関係の無い話ね。時計もお返ししたことだしお暇します」
モリーはぽかんと口を開けて、引きはがされた自分の右手と夜を交互に見る。
「ええっと、怖くない? 私、怖がられるの割と得意なんだけどな」
続いた言葉には、夜はふっと笑ってしまった。
「怖がられるのが得意な人には初めて会ったわ」
「そうだよね、そんなにいないと思う」
力が抜けたように、モリーはふうっと手を下ろした。
「ごめんなさい。夜がどうとかじゃないの。実は私、諜報員やってるんだ」
「本当に私が聞かない方がいいことだと思うわ」
話を遮った夜に、「聞いて聞いて」とモリーが畳みかける。
「だって、自分でも向いてないって思うんだもの。私は飛行機が好きなだけなの。頑張って軍に入ったのだって飛行機に乗りたかったからだし、技術面でも負けないように資格も取ったの。でも諜報ってスパイってことなのね。それって全然必要なことが違うじゃない?」
どんどん加速していくモリーの言葉には、夜が遮る隙が無い。
「そりゃ、嘘ぐらいつくよ。今度のことだってちょっとしたアクシデントだってちゃんと誤魔化したし、そういうのはできるけどさ。それに少し怖がらせると、たいていの人は逃げてくし」
誤魔化せたのかどうかは夜には判断つきかねた。
「でも黙ってるのは得意じゃないの」
それは夜にもよくわかった。
「もうこんなことやりたくないのにぃ。せっかくの航空実験も失敗しちゃったし。でもその実験結果を纏めてやり直ししたいのに、このわけわかんない指示のためにあちこち探らないといけないの。でも探るっていってもこれより細かな指示がないからわかんないし」
モリーの告白のような愚痴がどこまで続くかわからず、夜は早く帰りたいとしみじみ思った。