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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は川から

 横を向いたら、見知らぬ青年がじっと昼を見つめていた。

 四角い顔だ。黒髪は短くて、一重の黒い目を見開いて昼を見つめている。

 その黒い目が昼の目と合った。

「あ、起きた? 大丈夫かい? 俺がわかる?」

 もしかしたら知っている人なのかもしれないと少し考えたが、頭がぼんやりして考えられない。思い当たる節も無かったから、昼は「ごめんなさい」と、かろうじて口にした。声はなかなか出てこなくて、妙にか細く擦れてしまった。「どなたですか」とも続けられなかった。

 だが青年には昼が口を開いたことだけで良かったらしい。「わあ」とも「おお」ともつかない声をあげると振り向いて2歩で部屋の扉まで飛んでいって開き、「お、起きたよ。先生っ。ちゃんと起きたよ」と叫んだ。

 昼が目をぱちぱちと瞬かせていると足元から声がした。そっと首を動かすと、こちらには丸顔の女性が、「まあまあ、まあまあ」と繰り返して涙ぐんでいる。その横に立っているやっぱり丸い顔をした男性も、「うんうん」と頷いている。

 それからどたどたと慌しい足音が聞こえたかと思うと、やたらに大きくがっしりとした体躯の白衣の人が部屋に飛び込んできた。

 そして「とにかく外へ出ていて」と部屋にいた人、後から入ろうとしてきた人も含めて全員を追い出し扉を閉めると、「さて、私がわかるかな」と言いながら、おもむろに昼を覗き込んだ。

 昼は呆然と事の次第を見ていたが、勿論、わけがわからない。こうしてベッドに横たわっているわけも、自分を取り囲んでいるこの状況も。

 目の前の人物もやはり知らない人だったが、白衣と態度から医者だろうということは想像ができた。だから、きっとここは。

「お、お医者様ですか。じゃあ、ここは」

 だがすぐに喉がかさかさと詰まってしまって咳が出て、その先を続けることができなかった。

「ああ、無理しなくていいから。さ、まず水を飲みなさい。ちょっとばかり検査をさせてもらうからね。ほら、ゆっくりゆっくり」

 どうして自分はこうしているのだろう。昼は不安を感じても、それをどう尋ねたらいいのかわからない。医者は、「検査は簡単なんだけど、ここにあるのは器具がちょっと古くてね。時間がかかるんだよ。我慢してくれよね」と言ってから、「水をもう1杯どう?」と続けた。

「いえ、もう。あの」

「うん?」

 医者は昼の顔を見ただけでその問いがわかったのか、より優しい表情になった。

「あのね、君は船から川に落ちたんだ。覚えていないかい? さっきここにいたでかい青年、ジャンジャックと言うんだが、彼が君を助けてくれたんだ。君はね、とっても幸運だったんだよ」

 船と川。近づく水面。そして家と畑。さまざまなことがどうんどうんと昼に押し寄せてきた。

――帰りたい。

「ああ、ああ、泣かなくていいから。ほらほら、検査もあるからねえ。泣いているとちょっと困るんだよ」

 医者は近くにあった柔らかな布を昼の頬にそっとあてた。見かけによらず、細やかな医者である。



「さあ、終わった。大丈夫。打ち身がほんの少し。あとは異常無しだな。良かったよ。骨も折れていなかったしね」

 医者は、「つくづく運が良かったんだね」と言って、小刻みに頷いた。

「長く寝ていたから、お腹が空いただろう。なにか軽い物でも持ってこよう。あと暖かいお茶もね。なに、どこも悪いところがなかったんだから、たくさん食べていいんだよ。足りなかったらいくらでもあるからね」

 医者はあくまでも優しい。昼は申し訳なさに身の置き所もなく、ただ「すいません」と繰り返すばかりだ。そんな昼を気の毒に思うのだろう。医者は医者で「もう謝らなくていいから」と、こちらも何度も繰り返した。

「明日は町長とか、船の人とかが話を聞きたがると思うから、話をしてください。君がしなければいけないのはそれだけだから。とにかく、今日はゆっくりと体を休めること。行きたい所があるなら、明日考えればいいからね」

 行きたい所はひとつしかない。

「……はい」

 医者が部屋を出る時には、外にいる人々を押しとどめるのが目に入った。ずっと待合室にいたらしく、検査が終わったと聞いて詰めかけてきたようだ。

「まだ早いよ。食事ぐらいさせてあげなさい」という言葉が聞こえる。その体と言葉をかいくぐって青年が、目を覚ました時に見たこの青年がジャンジャックなのだろう、顔を覗かせた。

「よかった。元気そう」

 言葉が終わらないうちに部屋から引っ張り出されてしまったから、ジャンジャックは昼がぽろぽろとこぼす涙を見ていない。

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