昼はまた川を行く
「どこまで行くの」
「あ、あの」
昼はなんとか、ここから3番目の船着場の名前を口にした。
「遠いよ。着くのはずいぶん遅くなるね。暗くならないうちに着くかどうか。こんな時間だからね」
発券場のおばさんは、脅かすような口ぶりで放り出すように切符を差しだした。
「そ、そうですか」
おばさんの手荒な仕草にびくっと体を震わせ、それをなんだか恥ずかしく感じて、昼はそそくさと待合場の木の椅子に腰掛けた。
昨日降り立ったのは降船専用の場所だったせいか、これほど広くなかった。発券場のおばさんは暇を持て余しているのか、大きな体で前へ後ろへと揺り椅子を忙しなく動かしながら、小窓越しにちらちらと昼の方を見ている。昼はなるべくなんでもない風を装って、乗船する場所により近い椅子に移った。ここからなら、おばさんを見ることも見られることも無い。けれど窓口にはぽつぽつと人が集まりだしていたので、移らなくても見られる事は無くなっていたかもしれない。
風は弱く、暖かい。青空のところどころに浮いている雲は、のんびりと川上に向かって動いている。川の波も穏やかで、乗船場で船や人の誘導をしている青年が昼を見て、「遠くまで行くの? 今日はあんまり揺れないよ」と笑って言ってくれた。さっきのおばさんの言葉が聞こえていたのかもしれない。昼は「よかった」と返しただけで、話を続けなかった。青年が続けたかったとしても、船が川岸に近づいてきていたので続かなかっただろう。
到着した船は大きくて、出発を待つ間に、乗り込んでくる人がどんどん増えていった。昼は右舷にくっつくように設けられた席に座った。ちょうど船の長さの半分くらいの場所だ。帆布の屋根の影が川面にまで伸びている。左隣には初老と見える夫婦が座った。そうこうしているうちに船はほぼ満席になり、青年の言っていたとおり、揺れを感じることもなく、するりと川へ繰り出した。
確かにずいぶん遅くなってしまった。おばあさんの庭が離れがたくて、ついつい長居をしたせいだ。昨日はいかつい男性が多かった船内は、今日は連れのいる人が多い。ひとりで乗っている人は数人で、ほとんどの人は誰かと一緒のようだ。昨日乗った船とは種類が違うのかもしれない。椅子なども座面が柔らかくて、長く乗っても大丈夫なようにか、背もたれが少し斜めに付いている。
昼は体が楽になるように座り直すと、川面を見つめた。