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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼と夜は名前を聞く

「台下、台下って言いますけどね、まぁ、僕に言わせてもらえれば、ちょっとアレな、おじさんっていうか。あ、これは言わないでくださいよぉ」

 おじさんという言葉だけ声を潜めたが、もうすでに酔っている男の声はたいして小さくもならず、周囲にも聞こえたに違いない。だが周囲の人々も酔っぱらいばかりなので、気にとめる者は誰もいない。

「アレな、おじさん?」

 夜が首を傾げると、男は「うんうん」と、なぜか嬉しそうに頷いた。

「もっともな感じでよくわからないことを言う人だよね。あれさ、本人も途中で何を言っているのかわからなくなってるんじゃないかって思うんだよ、僕はね、そういうの鋭いからさ」

「なるほど」

 夜は男の言っていることのほうがよくわからなかった。昼は、何も言わずに柑橘の匂いのするジュースらしいものが入ったグラスをただ見つめている。グラスの氷はすっかり溶けて、握った手が水滴に濡れてしまっている。誰に対しても蔑むということが苦手な昼は、男の言葉を聞いているのが苦痛だった。

 夜も噂話や悪口は苦手だが、苦手と悟らせないように聞き流すことはできる。絶対に同意はしないし、仲間には入らない。それでも夜は誰の味方にも思われるような気配があるので、誰からも悪口を言われることはない。

 そしてこうして誰かから話を聞くとすると、やはり夜が1番上手で、これまで足を向けたことさえない酒場での話し合いに、教授たちではなく、ふたりが来ることにしたのは正解だったと、昼はそう思う。もっとも女性ふたりでは危ないということで、ワンソウ夫人の娘夫婦が付き添ってくれてはいるのだが、そのふたりは「難しいことはわからないし、聞かない方がお互いのため」と、実に賢い配慮で、隣の席に座って楽しそうにお酒を呑んでいる。娘婿の体格が非常にいいため、夜と昼をちらちら見る人はいるのだが、必要以上に近づいてくる人はいないから、これもやはり賢い選択だったのだろう。

「では、台下はご存じではないと」

 夜の言葉に、男は、寺院に附属の僧院の執事補助のひとりと紹介されたが、長々しい経歴に紛れて、夜も昼も男の名前がどれだかわからなかった、うんうんと、やはり嬉しそうに頷く。

「最近の政治的状況とか、そんなねぇ、大きなことはわからんと思うんですよ。基本的に、こうやって祈っているか、説教垂れているか、居眠りしているか、ねぇ、いるでしょう、そんな人。仕事しているふりが上手いっていうか、ねぇ」

 こうして飲んだくれて陰口をいう人は確かにいる。夜はそう思って頷いた。男は自分の意見に頷いて貰ったと思い、さらに頷く。

 普段、綺麗な女性と話をすることなど無い。ましてや女性とこうして卓を囲んだことなど生まれてから1度も無いと言い切れるし、この先も無いと断言できる。そして男はべらべらと絶好調に浮かれている。

「そういう話は僕がしてあげたいところですけれど」

 それでもここで嘘でもできると言わないところは、男の誠実な、というか小心なところだろう。

「あのね、市長秘書室に嘱託できている、なんていったけな、ひとり男前な人がいるんですよ。ライトニングさんとか、なんとか言ったかな。彼に聞くといいですよ」

 男の最後のひと言は、この晩餐の1番有益な言葉だった。








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