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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は異国へ着く

 ようやく辿り着いた町は、朝の想像とはだいぶ違っていた。砂漠の真ん中にある国で、さまざまな国の交易地なら、もっとなんというか、異国情緒がたっぷりで、謎めいた雰囲気を持っているものだと思っていたのだ。

 それに門を潜った時は、日がすっかり傾き始めていた。だから朝は、落ちる太陽に照らされた不思議な異国の町を見ることができると思ってしまったのだ。

「予想より早く着いた」と知り合ってから初めてと言ってもいい笑顔の男に、なにげなく、「砂の中の町なら、見たことも無いような雰囲気があると思っていたのに」と告げると、唖然とした表情で朝を見つめ、「どうしようもないな」と呟いて頭を振った。

「まさかそんな考えで砂漠に足を踏み入れる奴がいるなんて、考えたこともなかった」

「別に、それが理由じゃないわよ。ただ、そうじゃないかって思っていただけで」

 太い材木で組み上げられた、大きく頑丈だけれど簡素な門の内側に入り、見慣れた村の家並みとどこか似ている光景を目のあたりにして、少しばかりがっかりしただけなのだ。

 確かにここは朝が最初に目的とした国ではなかった。だが、目的の町に着いていたとしても、朝はきっと同じように感じていたに違いない。砂漠の道のりを想像できなかったように、異国の町も、朝にはまるで想像外のものだった。

 男は朝の言い分にはもう耳を貸さなかった。

「こっちだ。まずこれを巻け」

 いきなり、砂よけの為に巻いているスカーフよりも大きい厚手の布を渡された。砂漠で使っていた敷物のうちの一枚だ。毎回丁寧に払っているものの、それでも砂でざらっとしている。

 そして重い。首がうまく上げられないぐらい重い。

 だが朝は男の言う事を素直に聞く方がよいことはこの数日でしっかり学んだ。頭から胸の下あたりまですっぽりと布で自身をくるむ。

「いいと言うまで取るなよ。……きょろきょろ辺りを見回すな」

 いくら学んだと思っているところで、好奇心はなかなか言うことを聞かないものだ。大人しくらくだの首すじを見ていたのもしばらくだけで、男が前を向いているのをいいことに、顔を上げて、あちこちを覗きまわるように首を伸ばす。

 そのうち一軒の店先に妙な形の干物がぶらさがっているのを見つけると、驚いて思わず振り返ってしまった。

――なに? あれ、……狐? 狐の、干物?

「おいっ、何をやっている。それにそんなにゆるく巻くな。意味が無いじゃないか」

 らくだの背から立ち上がらんばかりにしている朝に気がついた男は慌てて綱を引くと、「降りろ」と低く呻いた。慌てて降りてふらついた朝の腕を強くつかみ、布をきっちりと巻き直しながら、声を潜めたまま続ける。

「おまえの顔は目立つんだ。顔を見せるな」

「え?」

 目立つと言われたのは初めてだ。朝からすれば、冗談みたいにきれいな顔をしている男の方がよっぽど目立つと思う。だが気が付くと、通りすがりに朝の顔をまじまじと見る人たちがいる。確かに、朝の顔の方が興味をひいているようだ。

 朝は顔を隠すように深く被った布の下から尋ねた。少し声が震えた。

「ずっと被っていなきゃいけないの?」

「いいと言うまでは被っていろ。それにいいと言うまで俺の傍を離れるな」

 男の後ろをふごふごと着いていくらくだの横、男の背中とらくだに挟まれるようなところに立たされて歩けと言われても、歩きづらいことこのうえない。そう訴えても、男は聞く耳を持たず、「我慢しろ」と言うばかりだ。説明は無し。不安でもあるが、他に頼りがあるわけではもちろん無い。

 そんな状況だったから、男が「着いたぞ」と言った時に、朝は心底ほっとした。

「どこに」

「まだ黙っていろ」

 それでも朝は目の前にある建物を男に気づかれないように眺めた。

 鉄柵が石造りの建物を囲んでいる。建物は褐色の岩を組んでできている。ちょうど目の前には黒く、細かい彫りが施された木製の扉がある。

 門扉の先は細い回廊になっていて、すぐにまた同じような黒い扉があった。扉を抜けるとそこは、吹き抜けの、回廊と同じようなぐるりの細い庭で、先にまたも扉が見える。ここまでは一枚板の扉だったが、先の扉は観音開きで、木材の錠が差し渡ってあり、その前では椅子に座った白髪頭の男が、うつらうつらと舟を漕いでいる。

「おい」

 軽く肩を揺さぶられて起こされた男は、驚いたように眼と口をぽっかりと開け、目の前に立った男を見つめた。

「あ、あ、あの、あの、ああ、あの」

 朝を連れてきた男が苦笑した。

「何を言っているのかわからないぞ、まさか酔っているのではあるまいな」

 白髪頭の男はほうっと長く息を吐くと、今度はまぶしそうな笑みを浮かべた。笑った顔が意外に若い。もしかすると生まれた時から白髪なのかもしれないと、朝は目だけを開けた布の奥からじっと見つめてしまった。

 そんな朝の不躾な視線にも気づかないのか、男は顔を取り巻くように短く整えた白髪と喜色満面の顔で頷いている。

「失礼しました。お戻りになられたんですね」

「ああ、やむを得ずな。官長はいらっしゃるか」

 やむを得なくなった原因であるだろうはずの朝は、なんとなく憮然とした心持ちになる。

「はい。あ、でも今はお客人が見えています」

「お客人?」

 男の眉間に皺が寄った。砂漠を歩いていた時も、朝の言葉になにかと皺を寄せていた。癖なのかもしれない。

 男はそれ以上問いかけることはせずに、目の前の扉を開けるようにと言った。

「はい、ただいま。あ」

「なんだ」

「あのう、そちらの方は」

 門前の男はようやく朝の存在に気がついたらしい。朝は慌てて顔を伏せた。

「ああ、そうだな。まあ、客、かな」

 男はこの短い期間で聞き慣れてしまった、苦笑しているような皮肉な声を出した。門前の男は「そうですか」とそれ以上は朝について問いただそうとせず、そうして朝は顔を伏せたまま、腕を引かれるままに中へと連れていかれた。

 重たい音を立てて扉を開けると、狭くて長い廊下がやはり左右に伸びている。この建物はどうやら全体的に円形をしているのではないかと、朝は考えた。

 正面の壁面には等間隔で柱が立ち並び、柱ごとに灯火が点されて鈍い黄色に廊下を染めている。ところどころに扉らしき物があるようだ。しかしどれも閉ざされているうえ、灯火は薄暗く、それ以上はよくわからない。

 もっと明るい油を使えばいいのにと思いながらなおも辺りを見回そうとすると、「きょろきょろするな」と言いつつ、男はこれこそ慣れたように朝の頭を抑えつけた。

 結局、男の後に続いて扉のひとつを潜るまで、朝は升目模様がぼんやりと浮かび上がる床を見つめているしかなかった。

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