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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は後ろ髪をひかれる

「そう、それは早咲きなのよ」

 おばあさんの言葉に昼は頷いた。

「そう思いました」

「でしょう。この仲間はもっと暑くなってから咲くものだものね。これはね、特別なの。色合いもちょっと変わっているでしょう」

「はい。珍しい色ですね、オレンジとも違うし」

「ピンクでもないしね。ここら辺りにはあまり無い花なのよ。自慢といってもいいかもしれないわ。そうだ、少し株分けしましょうか。庭があると言っていたでしょう」

「いえ、そんな、申し訳ないので」

「気にしなくていいのよ。ね、こんなに増えたんだから、少しぐらい大丈夫よ。……ああ、でもまだ旅を続けるんだったわねえ」

 胸がどきっと大きく跳ねた。庭を見ているうちに、一番の目的を忘れかけていた。いや実は忘れたかったのかもしれない。

 それでも昼は、「ええ、生花を持ち歩くわけにはいかないですし」と断る口実を逃さなかったが、内心、この花を自分の庭の隅に植えたらどんなにいいだろうと思わないでもなかった。

 小さな家の裏庭に、三つ子はそれぞれ自分たちの場所を持っている。昼の場所には選りすぐった好みの花が、どの季節でもなにかしら咲いているようにしていた。早咲きのこの花が加われば、それこそ真冬以外は色が途切れることなく続いていることになるのに。

 けれど、昼は旅をしているのだ。旅をしているということは、すぐにでも定植してあげなければ枯れてしまうだろう花を持って歩くことはできないということだ。残念ではあったが、なるだけそれを顔に出さないように気をつけた。

「そう、そうよね。旅を続けるのに花は無理ね。でも、それなら食べ物は沢山あった方がいいわよね。まだあるんだから、もっと持っていてちょうだい」

 おばあさんが家の中へ戻ろうとするのを、昼は今度も引き止めた。

「いえ、大丈夫ですから。充分いただきました。あの、コーヒーまで詰めていただいて」

 保温用の瓶が、荷物に再び重みを加えている。昼の言葉を聞いて、あきらかに渋々といった様子でおばあさんは頷いた。

「まあ、あまり荷物になってもなんですからね。あのね、しばらくうちにいてもらっても、ちっともかまわないのよ。部屋だって余っているんだし。何も無い町だから、若い人には退屈なだけかもしれないけれど」

 いいえ、いいえと、昼は懸命に首を振った。

「退屈なんてとんでもないです」

 それでなくとも、すでに午後もだいぶ過ぎている。家の中を、それから庭と近所を、それからまた食事を取って、やっと荷物を持って外へ出たところで門前のひと隅の花に足を止められていた。

「とても楽しかったです」

 でもこれ以上ここにいるわけにはいかないんです。行かなければならないから。旅に。どこかに。

「そうね、あまり引き止めても悪いわね。良ければ、帰りにでも寄ってちょうだい。いつでもいるから」

 昼は大きく頷いた。そうしたら、花を分けてもらうことだってできるかもしれない。

 花が咲いているうちに帰るかもわからないけれど。

「ぜひ、そうさせてください」

 おばあさんは「ええ、ええ、きっとね」と言った後、

「船着場ちゃんとわかる? 夕べはもう暗かったでしょう。やっぱり送っていきましょうね」

 先に立って庭を出ようとする。

 昼はそれもなんとか固辞すると、ようやくおばあさんの家を後にした。何度振り返ってもおばあさんは手を振っている。昼も何度も立ち止まってはお辞儀をした。

 家よりも庭の方が広かった。さまざまな花が咲き、香りが入り混じり漂っていた。おばあさんは香りが強くて群生するタイプの花が好きなようだ。

 何度振り返っても、小さなおばあさんは背筋を伸ばし、香りの中で佇んでいる。


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