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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は話を聞き、再び森へ

食事をしながら、男はハバラの話を聞いた。聞きながら、あれもこれもと朝に勧める。

「美味いか?」

「はい、美味しいです」

 朝の返事に気をよくしたのか、ハバラがヒナダと紹介してくれた男は、「これも食ってみるか」となにやら乾燥させた実らしきものをザラザラと皿にあけた。

「これは干したイチジクだ。普通は菓子に入れるらしいんだが、そのまま食える」

「こんなに乾燥しているのは初めて見ました」

 ひと口食べると、生の物より甘みが強い。

「美味いだろう?」

「はい、美味しいです」

「こっちはザクロだ」

 ヒナダはまた新しい椀にザラザラと実を入れる。

 だが朝はザクロを見たことはなかった。乾燥しているせいか、落ち着いた赤い色の粒粒は小さすぎてそのままでは食べにくい。ヒナダは困ったようにザクロを見る朝に笑いながら更にもうひとつの椀を渡した。

「これはヨーグルトに入れる」

「ヨーグルト、ですか」

 三つ子の家の食卓にチーズがのぼることは多いが、ヨーグルトは鮮度の関係であまり手に入らない。1度、夜が家で作れるようにと村で教えて貰ったヨーグルトを作る方法を試したのだが、あれは確か朝が駄目にしてしまったのだ。珍しく夜が眉間に皺を寄せ、無言で怒っていたのを覚えている。

 ヒナダに言われたように、ヨーグルトにザクロと蜂蜜を混ぜる。どれも案外高級品に思えるのだが、それは聞かない方がよさそうだ。朝は少しだけ、口を慎むことを覚えた。

「どう」

「……美味しいです」

 感心した顔の朝にヒナダはますます気をよくしたようだった。にこにこと笑いながら言った言葉に、朝は目を見開いた。

「そうか、あんた、故郷を知らないんだな」



「東への航路はかなり厳しい」

 ハバラからひと通りの説明を聞いた後、ヒナダは酒を啜り、顔を顰めながら言った。

 朝に対しては親切だが、ハバラに対しては変わらずぶっきらぼうなままだ。もっともハバラはまったく気にしていないようで、朝が食べているものを自分でも勝手に皿から取っては食べているし、ヒナダは少なくなれば足しているから、言葉ほど厭がってはいないのかもしれない。

「まず船の数が減った。半島南端から東の関への航路が封鎖されているのは知っているんだよな」

「ああ。船長が教えてくれた。そちら回りは行けないと」

 ここまで同乗してきた船の船長は人望も厚く、その分情報通らしい。ヒナダは船長の名前を知っていた。

「あの人ならそんなことはとっくに知っていただろうな。それでここから鉱石を運ぶ船に乗ろうってきたわけか」

「出ないのか」

「出ないわけじゃあねえけど。ここの石は高いからな。どこの国でも欲しがっている」

 そういえば、と朝は今更ながらここはどの国になるのかと考えた。砂漠の南に面している、と思われる森のずっとずっと南の町。思われる、となるのはその森を南北に踏破した人がいないからだ。

――南の森の境界まではどこの国かわかるんだけど。

 南の森自体はどの国の物でもないはずだ。とすると、この町はどこの国の町になるのか。この鉱脈はどの国が所有しているのか。

「どこの国のものでもない」

 ハバラが朝の考えを読んだように言った。驚く朝に、ヒナダが笑った。

「この町に来た奴は必ず聞くんだ。税金はどれだけ取られるんだって」

 もちろん、国によって税というものは変わる。砂漠の南端の国は税の高さで知られているし、長い内海の西にへばりつく細い国は海産物が豊かで税率は低いことで有名だ。

「ここはまあ、共同体というか。どの国も独り占めができないよう、自治を敷いている」

「そんなことができるの?」

 どの国もそれで満足できるのだろうか。

 朝の疑問はもっともだったし、よく聞かれることなのだろう。ヒナダが「どこも狙ってはいるんだけどよ」と言った後、「でも石を取るには腕がいるからよ」と自分の細いわりに筋肉のしっかりついた腕を叩く。

「この町を束ねているのが癖のある夫婦でよう」

 ヒナダが苦笑いを浮かべる。

「ご夫婦で束ねているの?」

「ああ、ふたりとも国が違う。どの国に属しても文句が出るからどの国にも属さないと決めたのはこのふたりだ」

「そんなことが」

「できるんだ。とりあえず自治の話は後にしていいか」

 ハバラが朝の言葉を遮ったのは、外から騒がしい声が聞こえたからだ。

「……酔ってんだろう。見てくるわ」

 ヒナダがそっと戸を開けて、するりと出ていく。ハバラは朝に脱いである靴を渡した。

「なにかあったら、その戸の向うに低い窓がある。そこから外へ出て待て」

「なにか、あるのかしら」

「船員と鉱員は時折派手に喧嘩をする。どうとういことは無いと思うが」

 ハバラが言い終わる前に、ヒナダが駆け戻ってきた。

「なんて奴、乗せてきやがったんだっ」

 戸を閉めると木の棒を斜めに戸にかませる。

「窓から出て、西だ。森に小屋がある。お前、知ってんだろ、待ってろ」

「わかった」

 朝が何かいう間もなく、ハバラは荷物ごと朝を抱えるように窓から飛び出し、ヒナダは後を追わずに扉の前で刃物を構えた。

――慣れてる?

 その身のこなしの速さを考える間もなく、朝はハバラに手を取られながら森へと入った。





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