昼と夜は列車で向かう
はじめに向かうのは王都がいいだろうと恩師に言われ、昼と夜は首都に向かった。首都には学園都市と言われる地域があり、そこへの紹介状を書いてもらっている。
ふたりはまず、村へ出るとそこから馬車で隣町の駅へ向かった。そこから夜が前に乗った西へ行く列車とは違う、北へ行く列車に乗り込む。2日ほど列車の旅になる。ふたりは久し振りの揃っての遠出に、目的を脇に置いてウキウキしていた。
「サンドイッチ、食べる?」
「まだ食事には早くない?」
「そうかしら。着いてからでいいかしら」
「駅前の公園で食べればいいと思うわ」
三つ子の国ではどの駅前にも憩いの広場か公園が作られている。ふたりとも駅自体を利用することが滅多にないが、それは鉄道ができたころからの国の決まりだと、子供の頃から教えて貰っている。そして最初に止まる駅では長い休憩時間がある。
「じゃあ、コーヒーは残しておいた方がいいわね」
昼が持ち上げた保温瓶を見て、夜はちょっと考えてから「1杯ぐらいいいんじゃないかしら」と首を傾げた。夜には珍しい甘えた仕草に、昼は「ふふ」と笑ってから保温瓶の小さなカップにコーヒーを注いで渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「……確かに、持っていると便利ね」
「そうでしょう」
列車の小さな4人乗りの個室にはふたりしか乗っていないから、まだ緊張よりも楽しみの方が勝っている。着いてからのことを考えればキリはないが、わからないことを考えても仕方がない。
少なくとも別々に旅に出た時よりは、ふたり揃っている今はずっと楽ではある。
「どんなところかしら、うちの村より寒いのよね。大丈夫かしら」
「そうね、でもいろいろ便利な道具が揃っていて暖かいって先生はおっしゃっていたし、大丈夫じゃないかしら」
「先生、その後に、行った事ないけどねって付け足してたけど」
「それはいつものことね」
姉妹は揃って笑った後、夜が手渡したカップに、昼は自分用のコーヒーを注いだ。
「学園都市に知り合いがいるんだ。歴史にとても詳しいから、訪ねてみるといいよ。そこなら朝ちゃんに連絡を取る手段もわかるかもしれない。思っているところにまだ居れば、の話だけどね」
恩師はそう言って、ふたりが旅に出るまでにいくつもの手紙を用意してくれた。
「飛行機はおそらく、村に入れなかったために墜落したのではないかと思う」
恩師の推測はふたりには思いもつかないことだった。
「そして村にはひっそりと入る必要があったのに入れなかった。だからすぐに逃げ出したかったのだけれど怪我のためラバを奪った。こそこそ来るなら飛行機で来るのは不自然な気もするけれど、まあ、飛行機乗りとはいきなり来るものだからそういう意味では不自然ではないしね」
恩師は「嫌味じゃないからね」と繰り返したから、それは余程嫌味に聞こえた。
「どれも推測でしかないから、もっとわかったらまた教えるけれど、私もどれだけ教えて貰えるかはわからないからねぇ」
事故に思惑が絡まれば、村から町、国へと情報は伝わるかもしれないが、村の人々にあまねく伝えてもらえるとは限らない。それは恩師とて例外ではないという。
「私はただの代理だからね」
恩師は村の寺院や学校での最高位の指導者を長く勤めているが、名義上の管理者は首都にある寺院の院長であり、恩師は名目上は院長代理である。
「歴史は常に変動している。どうしてこうなったのか、どうしたらいいのかを考える時に歴史から学ぶのは重要なことだよ。必要ないならあまり詳しい話をするのは止めようかと思っていたんだけれどもね」
昼も夜も、朝と連絡を取れるなら取りたかったし、どうして飛行機が村に来たのかも知りたかったし、世界がどんな状況にあるのかも知りたかった。どうすればいいのかも。
「なにもかもに答えがあるわけではないけれど、むしろ答えが無いことの方が多いけれど」
そういって恩師が用意してくれた沢山の手紙。
「自分の目で確かめたいというのなら、私は手助けを厭わないよ」
実はそれは恩師が自分からは伝えたくないことを伝えなくてすむひとつの逃げでもあったわけだた、ふたりはもちろんそれを知る由はない。
「そうそう」
恩師は旅に出る前、ふたりに最後の忠告を与えた。
「どの寺院、教会でも、1番偉い人の言葉は信じてはいけないよ」