昼と夜は恩師の話を聞く・2
「人が集まれば、そこに雰囲気というものができる。場と言ってもいい。お互いの性格が場をつくる。例えば、昼ちゃん」
「は、はい」
「昼ちゃんは夜ちゃんといる時、朝ちゃんといる時、3人揃っている時で気持ちが違うと感じることはないかな?」
「気持ち、ですか」
「気分でもかまわないよ。そうだねぇ、落ち着くのはどんな時だろう」
昼は恩師の言葉の意味がよくわからない。夜が「先生」と口を開いた。
「私が答えてもいいですか」
「もちろんだよ」
「例えば、ということなら、私は昼とふたりの時は落ち着くというより、張り切ることが多い気がします」
「張り切る?」
昼は妹の顔を見る。
「ええ。耕したり、作ったり、整えたりと張り切る感じ」
「そういうことなら、私は夜といると考える感じがする、と思う」
「考える?」
恩師がにこりと笑って促す。
「はい。考えたり、話したり、ご飯を食べたり」
「それは面白いねぇ。じゃあ、朝ちゃんといる時は?」
「賑やかな感じ」
「飛び出す感じ」
恩師が「うんうん」と笑顔を大きくした。よくわかるようだ。三つ子は誰もとりたてておしゃべりな性質ではないが、3人の中では朝が1番、話好きが表に出てくる。好奇心が前面に出るタイプなのだろう。
「では、3人の時は?」
昼と夜は顔を見合わせてから、同じ言葉を口にした。
「落ち着く感じ」
「そう、それが場、と言っていいと思う。3人が揃うことで、3人にとって落ち着く場ができるわけだね。もちろん、いつでも、というわけではないけれど」
姉妹が揃って身じろぎをした。恩師は「おやおや、嫌味じゃないからね」と苦笑した。
「そうやって、いろいろな人が集まると雰囲気ができあがる。それが地方の風土というものになっていく。それは人々の感情や相性だけではなく、その土地の環境も関わってくる」
「国によって気性が違う、ということでしょうか」
「うん、そう。国という単位になればおおざっぱになるけれど、たとえば好戦的な国、穏やかな国、というのはあるんだよ。昼ちゃんは川を下ったのなら、それほどの差は感じなかったかもしれないねぇ。川沿いの国は共通点が多い。けれど夜ちゃんは列車に乗って行ったんだよね。国の違いを少しは感じたかもしれないと思うんだけど」
夜は少しの間考えてから頷いた。
「村としか比べられないので確かなことは言えないのですが、最初に行った国は歴史の重みを感じるのになんだか賑やかな感じがしました。アシの国は人の気配が薄くて静かというか」
――不気味
とはさすがに口に出すのが憚られた。
「うんうん。そういうことだねぇ。そうして場は村や町、国になって独特のものを作られていくんだ。そしてそこに時間が加わって歴史になる。歴史を見ていくとその国の場の空気がどう流れてきたのかがわかるんだよ」
昼と夜が揃って頷いた。
「さて、そうして国や町、村といった単位で空気が整った場ができると、自然と境目ができる」
昼と夜が揃って目を瞬いた。
「この村に行くとこんな感じ、というように空気がかわるんだね。それが境界になるんだ。もっともこうはっきりと線、として区切られることはあまりない。境界線とは言葉や書面上のもので、実際の線として示されることは珍しい、と思う。まあ、わたしもねぇ、そんなによく知っているわけじゃないからねぇ」
夜がちょっと首を傾げてから、「そういえば」と言った。
「アシの町に降りた時、ここは余所余所しいと感じました。村に帰ってきた時は馴染む感じがして。村の場合は自分の住んでいるところというのが大きいかとは思うんですが」
「そうそれが境目としてわかる、そういうことなんだねぇ」
そこで、恩師は昼に「お茶をくれるかな」と頼んだ後、
「歴史と境目とは切っても切れない関係にあるが、常に意識されているものではない。それでもそれはちゃんとそこにあるものである」
と言ってから、気が重いというように、長い息を吐いた。