表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
128/247

昼と夜は家を出る

 玄関を出ると北の山々が1番に目に入る。いつでも真白い雪に覆われているが、寒さに震える時間が出てきたこの頃は、よけいにキリキリと凍った峰々が目に眩しい。

 夜は山を見上げてから、左を向き、小川へと向かう小道を辿った。挫いた足首はそれほどひどくなることなく痛みもひいた。小川から畑、畑から家、あちこちに伸びる水路を見てまわっても支障がない。

 もう大丈夫だろう。水路も凍結している場所はまだ見当たらない。回れる範囲はひと通り見て回って戻ると、すでに昼が万全の態勢で待っていた。

「大丈夫そう?」

「ええ、問題ないわ」

「夜もよ?」

「もちろん」

 笑いながら、夜はそこで軽くステップをしてみせた。学校を卒業してからダンスをすることは無いが、夜は三つ子の中では1番上手だし、三つ子は村の中ではかなり上手に踊る。もっとも村では社交でダンスを踊ることはほぼないので、いまでは全く無用の長物となってしまった。

「大丈夫そうね。あ、鍵をかけていいかしら。何か必要なものある?」

 昼は玄関先の荷物を見下ろしながら問いかけ、夜は昼の荷物の多さに苦笑しながら首を振った。

「もう十分よ。それより、保温瓶も持って行くの?」

「ええ。持っていると便利よ。もうお砂糖を入れてしまったから夜には甘いかもしれないけど、それは我慢してね」

「コーヒーなのね」

「ええ。あ、お茶の方が良かったかしら。この間のハーブを入れたの、美味しかったわよね」

「コーヒーでいいわ。疲れた時には甘い方がいいかもしれないし。持てる?」

 昼の鞄の傍らには、どうやら2人分のお弁当まで入ってらしい小さめの布袋も置いてある。

「大丈夫。私が力持ちなのはよく知っているでしょう」

 夜は肩をすくめて頷いた。

「そうね」

 疲れたら代わればいいだけだ。夜はそう思って自分の荷物を手にした。三つ子の鞄はどれも似ているが、こうして並べるとフォルムが微妙に違う。着ているウールの上着の形に違いがあるのと同じだ。両親が生きている頃からそうだったので3人は容易に見分けることができるのだが、他の人にはわかりにくい違いでしかない。

 同じ顔に同じ鞄に同じ上着に同じ靴。

 どれも違うものではあるのに、一見したところ同じに見える姉妹は、しっかり鍵をかけた家を後にして、まずは村へと向かった。

 


 昼と夜が旅支度で家を出たのには、もちろんわけがある。それは夜が怪我をした次の日、恩師が家を訪れた時の話がきっかけだ。

「飛行機?」

「じゃあ、夜が会った人は」

「あの人じゃないわよ。いくらなんでも顔を見ればわかるわ」

 夜は心の中でたぶん、と付け加えた。

 夜は恩師に向き直ると、

「でもその人が操縦していた人なんですよね?」

と、尋ねた。

「うん、そうだね、そう思うよ。飛行機の回りには誰もいなかったし、その周囲もそれこそかなりのところまで探したようだけどね。まぁ、でも今日もあちこち見回ってくれているんだ。何か、危ないものが残っていても困るからね」

「危ないもの、ですか」

「それって」

 夜が眉を顰め、昼が夜に寄り添うように身を寄せたのを見て、恩師は「大丈夫、大丈夫。少なくともここは、安全だからね」と笑って宥めた後、少し間を置いて話始めた。

「本当は君たちには話さないでおきたかったことがあるんだけどね。そうもいかないようようだから、長くなるかもしれないけれど、聞いて欲しいんだ。いいかな」

 恩師の悲し気な表情に、ふたりは黙って頷いた。

 予感はあったのだ。恩師が訪ねてきた時から。いや、おそらく、三つ子が家を出る気持ちになったあの時から。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ