昼と夜は家を出る
玄関を出ると北の山々が1番に目に入る。いつでも真白い雪に覆われているが、寒さに震える時間が出てきたこの頃は、よけいにキリキリと凍った峰々が目に眩しい。
夜は山を見上げてから、左を向き、小川へと向かう小道を辿った。挫いた足首はそれほどひどくなることなく痛みもひいた。小川から畑、畑から家、あちこちに伸びる水路を見てまわっても支障がない。
もう大丈夫だろう。水路も凍結している場所はまだ見当たらない。回れる範囲はひと通り見て回って戻ると、すでに昼が万全の態勢で待っていた。
「大丈夫そう?」
「ええ、問題ないわ」
「夜もよ?」
「もちろん」
笑いながら、夜はそこで軽くステップをしてみせた。学校を卒業してからダンスをすることは無いが、夜は三つ子の中では1番上手だし、三つ子は村の中ではかなり上手に踊る。もっとも村では社交でダンスを踊ることはほぼないので、いまでは全く無用の長物となってしまった。
「大丈夫そうね。あ、鍵をかけていいかしら。何か必要なものある?」
昼は玄関先の荷物を見下ろしながら問いかけ、夜は昼の荷物の多さに苦笑しながら首を振った。
「もう十分よ。それより、保温瓶も持って行くの?」
「ええ。持っていると便利よ。もうお砂糖を入れてしまったから夜には甘いかもしれないけど、それは我慢してね」
「コーヒーなのね」
「ええ。あ、お茶の方が良かったかしら。この間のハーブを入れたの、美味しかったわよね」
「コーヒーでいいわ。疲れた時には甘い方がいいかもしれないし。持てる?」
昼の鞄の傍らには、どうやら2人分のお弁当まで入ってらしい小さめの布袋も置いてある。
「大丈夫。私が力持ちなのはよく知っているでしょう」
夜は肩をすくめて頷いた。
「そうね」
疲れたら代わればいいだけだ。夜はそう思って自分の荷物を手にした。三つ子の鞄はどれも似ているが、こうして並べるとフォルムが微妙に違う。着ているウールの上着の形に違いがあるのと同じだ。両親が生きている頃からそうだったので3人は容易に見分けることができるのだが、他の人にはわかりにくい違いでしかない。
同じ顔に同じ鞄に同じ上着に同じ靴。
どれも違うものではあるのに、一見したところ同じに見える姉妹は、しっかり鍵をかけた家を後にして、まずは村へと向かった。
昼と夜が旅支度で家を出たのには、もちろんわけがある。それは夜が怪我をした次の日、恩師が家を訪れた時の話がきっかけだ。
「飛行機?」
「じゃあ、夜が会った人は」
「あの人じゃないわよ。いくらなんでも顔を見ればわかるわ」
夜は心の中でたぶん、と付け加えた。
夜は恩師に向き直ると、
「でもその人が操縦していた人なんですよね?」
と、尋ねた。
「うん、そうだね、そう思うよ。飛行機の回りには誰もいなかったし、その周囲もそれこそかなりのところまで探したようだけどね。まぁ、でも今日もあちこち見回ってくれているんだ。何か、危ないものが残っていても困るからね」
「危ないもの、ですか」
「それって」
夜が眉を顰め、昼が夜に寄り添うように身を寄せたのを見て、恩師は「大丈夫、大丈夫。少なくともここは、安全だからね」と笑って宥めた後、少し間を置いて話始めた。
「本当は君たちには話さないでおきたかったことがあるんだけどね。そうもいかないようようだから、長くなるかもしれないけれど、聞いて欲しいんだ。いいかな」
恩師の悲し気な表情に、ふたりは黙って頷いた。
予感はあったのだ。恩師が訪ねてきた時から。いや、おそらく、三つ子が家を出る気持ちになったあの時から。