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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝は宿屋に入る

「悪かったな。これは予定外だった」

 ハバラは船着き場すぐ近くの民家のような宿屋に落ち着いてから、珍しく少し動揺している顔を見せた。これは見たことないと驚く朝に気がついたのか、すぐに表情を戻しはしたが。

「ここは手狭だし品も良くないが、安全だけは保障できる。だがぎりぎりまで船には戻れない」

 そこで朝に再び頭を下げた。

「怖かっただろう。すまなかった」

 朝は少し考えた。

 確かに急な展開ではあった。だが怖かったかと言われればそうでもないと答えるだろう。

 女将がお茶を持って部屋に来た時、「飲んだら自分で返しにいくから待っていてくださいね」と、さも熱に浮かれているような口ぶりで彼女を部屋から追い出した後、すぐに朝を窓から外へと連れだした。

 そこまでとは違う道筋でこの宿屋へ来たが、かなり大回りをしたのか、すでに日は暮れかかっているし、疲れてはいるし、お腹も空いている。だが怖いとは違うと、朝は思う。

「怖いっていうより、なんでかな、っていう感じ」

 ハバラは束の間、ぽかんとした顔になったが、次に長い息を吐いてから苦笑した。

「そりゃそうか」

 怖いと言うなら、最初にあの町の寺院から逃げなければならなくなった時、あの時が1番怖かったかもしれない。砂漠からやっと辿り着いた町をすぐに出なければならなくなったあの時は、まだハバラとも呼んでいなかった時だ。思えば、朝はあの時よりずっとハバラを信頼している。

「話さなければいけないこともたくさんあるな。わからない事の方が多いよな」

「そうね、でも」

 なぜこんな面倒な形でここまで来たかの理由もだが、船乗りから聞いたという話も知りたい。だがその前に。

「でもその前に、喉が渇いているんだけれど、どこかでお水を貰うことはできるかしら」

 女将の入れてくれたお茶も飲まずに出てきてしまった。

「あと、お腹が空いているの。何か、食べるぐらいは大丈夫? でも私、パンを少ししか持っていないの。ハバラには足りないかもしれないわ、ごめんなさい」

 実は朝はこうした宿屋に泊まったことが無い。三つ子の家からここまでかなり遠くまで来たのに、寺院か列車か馬車か船か、あとは野宿の経験しかない。生まれて初めての宿屋の仕組みというものがわからないし、来たことがない町での買い物もわからない。そもそも村以外で買い物をしたこともない。

「は、腹、そうだな」

 ハバラは一瞬堪えたものの、我慢できずに爆笑した。

「え、なんで?」

 ぽかんとする朝に手を振りつつ、なんとか「待ってろ」だけ言って部屋を出たハバラを見送った後、朝は、まあいいか、とギシリと音をたてる壁に背中を預けて肩の力を抜いて思った。

――ハバラは笑うと綺麗より、可愛くなるのね。

 そんな朝は自分が微笑んでいることには気がつかなかった。





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