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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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昼は戸惑う

……想像もしていなかったわ。

 昼は手元のカップを見ながら溜息を吐いた。

「あら、冷めちゃったかしら?」

 サマンサ・フロイラ夫人が席を立って湯気をたてているヤカンへ手を伸ばした。

「あ、いえ、大丈夫です。あの、十分です」

「そう? 遠慮しなくていいのよ。まだ時間もかかりそうだし」

「はい、ありがとうございます」



 夫人は「あまり来ないから慣れなくて」と言いながら、港湾関係者の事務所のひとつ、と言われて連れてきてくれた部屋で、慣れたようにてきぱきとお茶の準備をしてくれた。昼はぽかんと見ているばかりだ。そうして夫人がお茶を用意している間に、そしてそのお茶を飲みながらも、責任者と紹介されたカイエン・ソーと名乗った事務所長は、人を呼び出してはあちらこちらへの連絡を手配している。昼は初めて知ったのだが、なにやら郵便より早いテレグラムという通信方法があるらしい。

 だが昼が知らなかったのも無理はないことらしく、ソー事務所長は割れたような低い声で笑いながら言った。

「こういう船舶とか、交通関係ならともかく、普通の役所でもまだ普及してねぇと思うよ。高けぇからな。お嬢ちゃんの村では、恐らくどこにもねぇんじゃねぇかなぁ。普及してねぇからさ、やりとりできる範囲も限られてんだけどな」

 それから「俺にも仕組みはわからねぇから聞いてくれるなよ」と付け加えた。

「ともかく、周囲の状況を知るのは大事なことだからよ。こういう注意した方がいいってことを知らせてくれただけでもありがたいやな。俺もそこまで緊迫しているとは思っていなかったんだが」

 昼の妹の知り合いが予備役に入ることになったという話で、それまで眉を顰めていたソー事務所長の顔に緊張が走った。それからすぐに「ちょっと確認してみるから待っててくれるか」と言われ、夫人が手ばやく持参の菓子を新たに皿につけ足した。

……それだけでも驚くぐらい早かったのに。

 昼はしばらくしてから聞かされた話に更に驚かされた。

「なあ、嬢ちゃん、ジャンジャックって男を知っているかい?」

「え?」

 あまりに驚いた顔をしたのだろう、サマンサ・フロイラ夫人が昼が何かを言う前にそっと手を伸ばして「大丈夫?」と昼の顔を窺った。

「え、あの、ええ、私は大丈夫です。あの」

「ジャンジャックってのは、ここと行き来がある隣の国への入り口にある村の男でさ。なかなか漢気もあっていい奴なんだが、どうも気が回らないっていうか、鈍いっていうか、純情っていうか。腰は軽くていつでも用事を引き受けては来たりして、いや、それはいいか」

 ソー事務所長は刈り上げた白髪の混じった髪を掻き、ひと息入れた後に続けた。

「その村は国境沿いってこともあるから通信機器が揃っててね。場所柄いろいろな事も知っているかもしれないからさ、ちょっくら聞いてみたらさ、いや、嬢ちゃんの名前は出してねえよ。じゃなくて、村の名前というか方角だけそれとなく出したらさ、昼っていう娘がいるから心配だっていきなり送ってきてさ」

 そこでなぜかソー事務所長とフロイラ夫人が顔を見合わせ、揃って昼を見てから、意を決したようにフロイラ夫人が口を開いた。

「恋人とか、そういう人かしら?」

 ソー事務所長が畳みかけるように続けた。

「いや、細けぇこととか言わなくてもいいよ。ただ、そういう」

 ふたりの言葉が終わらないうちに、昼は大きく頭を振った。

「いえ、違います」

 そこでこれでは足りないと思い、というよりも、ジャンジャックが知り合いなのは間違いないので付け加えた。

「あ、知り合いなのは間違いありません。あの、助けていただいたことがあって。とてもよくしていただきました。本当に親切な方です」

 ソー事務所長は少し白けたように、ああ、そうか」と言ってから、苦笑した。

「いや、俺の早とちりだな、許してくれな。なんか切羽詰まったような感じの返信が来たから驚いちまってさ。あ、嬢ちゃんが無事でなんともねぇって伝えたら落ち着くだろう。とりあえず、もう少し連絡取りあうから、ちょっと待っててくれ」



 そう言われて待っている間にも、なにやらここまでジャンジャックが来るとか、いっそ昼がそこまで行った方が安心するのではとか言葉だけが昼の頭上を飛び交っていて、昼自身はまったくどうしたらいいかわからないまま、ただ今は、カップを抱えて途方にくれるしかなかった。



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