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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は町へ出る、昼は振舞われる

 太陽が昇る前でも食事を用意してくれる。温かでおいしい。宿の食堂は狭かったが、壁板を丁寧に白く塗ってあるので、清潔で明るい雰囲気がある。

 夜は生まれて初めての土地で眠り、新しい日を姉妹とは別に迎えた。

 三つ子達は大小5つの畑でさまざまな作物をつくって生計をたてている。土地がいいのか、3人の世話がいいのか、収穫は村の他の農家と比べても多い方だ。

 なにを植えるでも、どう育てるでも、日常のどんなことでも3人で考えて行動する。そうやって暮らしてきたから、ひとりきりの行動に責任が持てないように思えるのも、バランスを欠いたようにふわふわと頼りない心地になるのも、無理はないのかもしれない。

 食事を終えると、夜は女主人に道を教えてもらい、町の名物であるという市に出かけた。

 10のつく日に開かれる市はこの町の名物で、まだ暗さが残っているというのに、広場はすでに活気に溢れていた。かなり大きな市で、野菜や果物、花や穀物に豆類、珍しい作物もあれば、乳製品も日用品もなんでも揃っているし、広場の一角には、こじんまりとした草原があり、なんと、ろばまで売られている。これには夜も驚かされた。村ではろばなどの家畜は貴重な財産だから、売り買いされることは滅多に無い。

 だが夜は沸き立つ気持ちの中に、不安定に振り返る自分も見つけていた。

 珍しい、作りたいと思っても、買い付ける必要が無い。たまに味見をさせてもらってその瑞々しさに驚いても、育てることができないと楽しみは半減するものだと、これも生まれて初めて知った。

 だからとても時間をかけて広場をぐるりと回った後でも、太陽はまだ顔を出したばかりで、1日はこれからなのだった。




 よく眠れたわけではないが、それでも頭はすっきりしていた。

 居間と食堂と台所を、途中途中を簡易な布で仕切りながら使っている部屋へ入ると、おばあさんが笑いながら昼を手招きした。

「おはよう。よく眠れた?」

「おはようございます。とてもよく眠れました」

 昼はこういう嘘は躊躇しないでつく。こんな嘘もつかないのは朝だ。昼は多少の方便ならやむをえないと思っている。夜の言葉は、いつでもきっちりと本当のように聞こえる。嘘をついていると感じたことは、たぶん一度も無い。

「そう、それはよかったわ。さ、どうぞ座ってちょうだい」

 昨晩よりも多い料理がテーブルの上に並んでいる。たったふたりで食べきれるとは思えない量に、昼はとまどった。

「起きたての食事は、しっかり食べたほうがいいですからね。それに、夕べはパンも焼けなかったし」

 なるほど、何種類もの焼きたてのパンが、湯気をたてて昼を待ち焦がれている。これほどの数を焼くために、おばあさんはいつ起きだしたのだろうか。物音に気がつかなかったということは、案外、深く眠っていたのかもしれない。

「さあ、たくさん召し上がれ」

 一番言いたかったことに違いない。おばあさんの嬉しそうな笑顔が期待に輝いている。

 昨日、勧められるままにおばあさんの家に泊めてもらうことにしたのは、やはり不安が勝っていたからだ。初めての旅に対する不安。知らない土地に対する不安。したことのない宿探しの不安。金銭的な不安。言葉の不安。ひとりきりの不安。

 迷惑をかけることはわかっていたが、それでも人が良さそうに見え、そしてなによりお年寄りであるということが、見ず知らずの人の家に泊まることへのとまどいを遠ざけた。昼は運のいいことに感謝すべきかもしれないと思いついてきたのだ。

 おばあさんの料理の腕は見事なもので、夕べもあっというまにたっぷりの食事を整えてくれ、少しだけ黴臭いけれど、柔らかなベッドで寝ることもできた。依然としてどこか気持ちが不安定であるのは、おばあさんのせいではない。こんなことをしでかしている自分のせいだ。

「口にあうといいけれど」

 昼は軽く礼をしながら答えた。

「いただきます」


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