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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜の決意

 首をすくめるようにして、夜は鍵などかけなていない朝と昼の部屋をこっそり覗いた。

 もちろん誰も咎めもしないのだからこっそり覗く必要などないのだが、夜は姉妹といえども節度は必要だと思っている。ならば覗かなければいいのだが、どうにも不安が先にたってしまう。ここにはいないけれど、きっと元気でどこかにいる。自分でもわからないのだが、なにか、どこかで安心を感じたいらしい。

「……さてと」

 夜は自分の部屋ではなく客間へ入った。

 普段なら食事の後は村で借りてきた本を読んだり、手紙を書いたりしてゆっくりとくつろぐ時間だ。くつろげなくとも、少なくとも寝るまでをなんとか過ごせる。

 けれど今日、昼がいつになくきりっとした顔で出かけたのを見送った時、夜も自分なりにできることはないかと考えた。そして村への馬車に揺られている時、ひとつ、自分に得意なことがあることに気がついた。

 買い物を済ませ、預けていた小さな荷車に乗せて転がして家に帰り、さっさと片付けも入浴も浴室の掃除もついでに済ませ、食事もその片付けも全て終えると、えいっと自分に気合をいれて客間に入ったのだ。

 客間のベッドには、恩師から借り受けているジオラマがある。毎日埃を払っているせいか、自分で組み立てたせいか、地域という感覚がわかったような気もする。

 横に置いた小さな机に村で買ってきた大きめに裁断された紙の束を置く。まだ綴じていないうえ、大きさも色も揃っていないから安かった。店主がおまけをしてくれたおかげもある。そしてたっぷりと入ったインクの壺を零れないように並べる。並べてみてちょっと危ないと思い、自分の部屋から小さな椅子を持ってきて机の横に並べた。この椅子は普段は座るわけではなく、鞄などを一時的に置くのに使っている。三つ子のそれぞれが持っていて、座面の裏に名前が彫ってある。村の誰も読めない3人の名前が、それも両親の故国の字で。

「うん、大丈夫かな」

 机がもともと食事などには向かないほど低いので、椅子の座面と高さが釣り合う。椅子にインクを置いて、机に紙をめいっぱいに広げ、ひとりうんうんと頷いてから、夜は立ったままベッドに向き直り、ジオラマを上から見下ろした。

「ここがここ」

 人差し指で自分の村の場所を示し、その指をすっと斜め左下に少しだけ動かす。

「昼が行ったのがここ」

 指はそのまま左へもう少し長く動かす。

「……アシが行ったのはここ」

 アシの名前を口にするのをちょっとだけ躊躇ったが、しっかりと口にしてから指をぐっと右へ動かす。

「朝が行ったのがここ」

 夜は腕を組んでからもう1度、「さてと」と口にした。

「どう動いているのかしら」

 朝は。

 そしてこの国々は。

 じっくり考えること。それは夜のとても得意なことなのだった。


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