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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝の決意

 両親が生まれた国に行ってみたい。

 朝の言葉はハバラを驚かせたし、怒らせた。それでもハバラは朝を守り送り届けるという修行を遂行することだけは止めないと改めて朝に誓った。ハバラの誓いに押されるように、フィンダサーナも副院長も手助けを申し出てくれた。もちろん、ひととおりの反対はされたのだが。

「それほど驚くことでしょうか」

 報告に来た朝が憮然として呟いた言葉に、フォン師は苦笑しながら首を振った。

「驚きはしないな。ここまでの経緯を考えれば、朝がそれを望むのもおかしくはないし、むしろそうなっても当然と言える。だがハバラにすれば、みすみす危険と思える方向へ行くのを認めたくないのもわかるだろう」

 フォン師のおかげで巡礼者の仕草や行い、祈りの捧げ方などをひと通り覚えたが、それでもわからないことはたくさんある。朝は折を見てはフォン師に教えを受けて、もう2ケタの日々になった。

 フォン師は朝の言葉には驚かなかったが、ハバラの苦労には同情を感じている。この娘はどうにも気性がぱっきりとしすぎている。素直だが、案外、手を焼くタイプだ。

「わかります。というか、いつまでもお世話になるのも、ついてきてもらうのも心苦しいのですが」

「それはハバラの修行だ。仕方がない。そういうものだし、そもそもハバラが一緒でないなら、私だって反対するし、巡礼の仕草など、真似事でも教えたりはしないよ」

「それはそうなんですが」

「ここまで来なければならなくなったのも、ハバラが関係していないわけではない。こうなったら最後まで送り届けてもらいなさい。ほら、ちょうどいい頃合いだ。全部あげるから」

 朝はフォン師から籠にたくさんの繭玉を受け取りながら、1番苦手な作業を思って顔を顰めた。フォン師は蚕のための棚を確認しながら、「大事なことだよ」と繰り返す。朝が繭玉を茹でるのが苦手なのを知っているのだ。

「命をいただくのは、食料としてだけでは無いからね」

 農業を営んでいても、植物と動物では命をいただく感覚が違う。やはり動くものというのは身につまされるのだと朝はつくづく思う。朝は屠殺の作業は知らないが、フォン師が養蚕をしていることで、絹織物の作られる工程はよく理解した。

 尼僧が養蚕をするということが理解の外ではあったが、フォン師は「私はこれで稼いでいる」と言うだけあって、美しい絹糸を作り出す。これは高額で取引されるから自分で作った分を持っていけばいいと言われて手伝い始めたのだが、朝は始めてすぐに後悔していた。だがフォン師は止めることを許さなかった。むしろ、ちょうどいい時期にきたと喜んでいる。単に手伝いが欲しかっただけのような気がしないでもない。一連の仕事は別に巡礼者に必要な事でもない。

「あれば役に立つからね」

 たしかに朝は糸を繰るのも布を織るのもすぐに覚えたが、繭玉を茹でるのだけはなかなか慣れそうもない。だがフォン師の金貨や貴石を用意できない分を与えたいという気持ちが、朝は有り難いと思っている。

「いただきます」

 朝は軽くお辞儀をしてから蚕小屋を出た。

 季節の変化の乏しいこの国も、そろそろ風が冷たくなるという。海風が向きを変える頃にはここを出ることになるだろうと、昨日ハバラが言っていたことを考えれば、揃えられるものは物も気持ちも整えておいた方がいいのは違いない。

 この量だと織物を作るほどはとれなくても、守り袋に結ぶ縒り紐は作れるだろう。朝は頭の中で作業工程を確認しながら、釜のある作業場の扉を開けた。




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