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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜はアシを送る

 恩師は何度も頭を下げた。

 アシはそのたびに、「お役に立てるなら」と笑顔で答えた。

 そのやりとりを思い出しながら、小さな馬車の中で、夜はどこかやりきれない思いでアシの手を握っている。

「そんな顔しないで」

「でも危ないわ」

「危ないことはないよ。ただ夜に手紙を書くだけ。そのついでに派遣された町の状況を伝えるだけ。それに戦略とか、そんな大げさなことはわかるわけがないんだから、危ないことはちっともないよ」

 夜は「大丈夫だよ」というアシに返す言葉がなかなか見つけられない。村を出て駅のある町まで向かう馬車に乗り込んでからずっと、何度も似たような会話を繰り返しているし、何度も溜息が出てしまう夜の手を、アシが優しく握りしめる。

 アシが行かなければいけないという予備役の軍が配属されている国へ向かう列車は、日が沈んでから町を出る便だ。馬車は寺院で小作一般を指揮している村の男が、「買うものもあるから」と言って出してくれた。

 村を離れる前に、恩師はアシにそっと金貨を持たせた。アシは馬車が村を離れるとすぐに、それらをすべて夜に渡した。

「僕には必要ないから」

 危険なことになるかもしれないというアシへの詫びや礼の意味もあるだろうからと受け取ったけれど、アシはそれを懐に入れる気にはなれなかった。それはどちらかというと、恩師に対するというより、軍という自分から最も遠いと思っていた場所に対する抵抗感からかもしれなかった。

 夜は中身を確かめた後、1枚だけ金貨を取り出してアシに渡した。

「なにかのために」

 アシは躊躇ってから、シャツの胸の蓋のついたポケットにそれをしまった。

「素敵なシャツね」

「じいちゃんが若かった頃に着ていたんだって。母さんが仕立て直してくれた」

「似合うわ」

 束の間、ふたりは微笑みあって黙っていたが、そのあとは「危ない」「大丈夫」の会話に終始したまま、馬車は駅のある町へと入っていった。



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