朝は状況を思う
「何から話をしたらいいのかわからないんだけど、あなたはどのくらい話を聞いているの?」
「そう、ですね」
朝は思わず声にして笑ってしまった。
「実は、私、今でもなにがなんだかわかっていないところがあって」
三つ子の小さな四角い家を出たのはいつだったろう。まだ広げたばかりの葉を青々と揺らしていた畑の作物は誰が収穫したのだろう。
――きっと昼がきちんとしてくれたわね。
昼が家に帰っているだろうことは確信がもてた。手紙を書いた時も、昼だけは家にいるだろうと思っていた。
――夜も帰っていれば楽だろうけど。
夜に関しては微妙だ。もう村は秋の声を聞いているだろうこの時期なら、帰っているのではないかと思う。昼はいたたまれなくて、という気持ちが大きかっただろうが、夜は朝と顔を合わせたくないという気持ちが1番大きかった気がしている。朝がいなければ戻りやすいのではないか。
――それは私か。
「ええっと、でも内乱についてはひと通り聞いたと思います。折につけて話を聞く機会があったので。あと、それから派生したと思われる情勢を教えてもらいました。それに私がここに来なければならなかった理由とかも」
朝の体がふるっと震えた。夜と顔を合わせにくかった時の気持ちがまったく思い出せない。いまはただ、ふたりが無事にあの家で日々を過ごしていてくれればと思う。
フィンダサーナの手が伸びて、カップを握る朝の手を軽く叩いた。
「大丈夫、大丈夫よ。あなたは必ず守られるから」
朝は「ありがとうございます」と応えてからお茶を飲み干し、ふっとフィンダサーナの顔を見た。
――少し。
痩せた、というよりやつれた感じがした。あの砂漠の端の町で出会った時は、ふっくらと明るい笑顔の人という印象が強かった。でも今は、濃い単色の僧服のせいかもしれないが、きれいだけれど痛々しいほどキリリとして見える。小柄だが背筋をしっかり伸ばしている。ずっと伸ばし続けているような緊張感を感じる。
――それほど。
状況はよくないのだろう。朝はまったく手に負えないこの状態に頭を抱えるしかない。それでも目の前のこの人が心配してくれている気持ちはとても嬉しかった。
「あの、お腹が空いていませんか? そうだ、これ美味しいって聞いたんですけど、私、食べ方を知らなくて」
朝はずっと膝に抱えていた手提げにしている袋から、フォン師から貰った果実をゴロゴロと取り出した。
「あら、あらあら珍しい物を」
フィンダサーナの顔がぱあっと明るくなった。
「これは皮が厚くてなかなか剥けないの。それに砂漠の、南の森に近い地方でしか採れないって聞いたことがあるわ。ねえ」
フィンダサーナは母親の顔に戻ってハバラを振り向いた。
「ナイフを取ってちょうだい。あなた、これ好きでしょう。絞り汁を水で割っても美味しいのよ」
ハバラは渋面のまま、腰のナイフを取ったが、渡さずに果実を受け取った。
「俺がやるから」
その表情は、朝にでもわかるほど、ほっとしているように見えた。そして朝はフォン師に教えて貰ったばかりの感謝の祈りを心の中で無意識に唱えたことに気がつき、祈るという言葉が少しだけ身に迫った気がした。