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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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夜は驚きに涙を流す

「すぐにわかった?」

「うん。村に着いてすぐ、教えて貰っていたように寺院の横の学校へ行ったんだ。あの見習い僧の人がとても親切で、馬車を用意している間に食事も出してくれた。美味しかったよ」

 小川の縁には足場がこちら側と向こう岸に作られている。

 アシは迷う様子もなく足場の傍の草原の、普段から利用しているためにちょうどよく踏み固められたところへ行って座った。横に座った夜ににこりと微笑む。

「聞いていたほど似ていないね」

「え? そう? 村では誰もわからないのよ」

「でもすぐにわかったよ」

 ふたりは顔を見合わせて微笑んだ。

「……それに、さっきのあの人。馬車に乗って帰ったあの」

「先生?」

「ああ、やっぱりあの人が恩師って言ってた人なんだ。あの人はよくわかっているように見えたけど」

「そう、そうね。そういえば、先生は間違えたこと、無かったかも」

 夜がうんうん、と頷く様子に、またアシの目は三日月の形をとる。

 アシの顔を見て頬を染めながら、それでも聞きたくないような気がしていたことを尋ねた。

「……ええっと、なにかあったの?」

 驚かそうとして来た、とかだったらいいのに、と思ってもいた。

 とっても驚いた。もちろん嬉しい驚きだ。

 けれど、もしかしたら、なにかがあったのではないか、とも感じていた。全然嬉しくないことのなにか。

「うん。僕、軍隊に入ることになった」

 言葉が出なくなった夜をなだめるように、アシは夜の手をそっと取った。

「すぐに戦いに行くわけじゃないよ。予備役って言うらしい。砂漠の向うの騒ぎが収まる気配がみられなくて、流通が止まり続けている。うん、大丈夫になりそうではあったんだけど、早合点だったっていうか。ううん、こうして兵力を厚くしようとしているのが早合点なのかもしれないんだけど」

 夜の手にキュッと力が入った。答えるように、アシもギュッと握り返す。

「とにかく、そういう戦いの波が砂漠を越えてきた時、流通の要のあちこちに兵力を置いておきたいと、僕の国と周囲のいくつかの国で話し合いが持たれたらしい。もっともこれは軍隊に入ると決まった時に言われたことだから、正確な情報かはわからないんだけど」

 そこで少し黙ってから、アシは再び口を開いた。夜はまったく言葉が思い浮かばない。

「おじいちゃんの体調が悪くて」

「え?」

 いきなり話題が変わって目を見張る夜の手を、アシは再びギュッと握った。

「もう外へは出歩けなくて1日中家で見ていなくてはいけない。いまは両親ふたりが交代で見ているんだけど、そうなると家の収入が全然なくなってしまって」

 そこで軽く肩をすくめる。

「予備役に入ると、ある程度のお金が貰えるんだ」

 茫然とする夜に、アシは「仕方がないんだ」と言う。

「まだ流通が止まっているから工場は動かないし、それほどの蓄えは無かったから、どちらにしてもどうにかしなければいけなかったし、ふたりがいれば、おじいちゃんは大丈夫だから」

「……だから、アシが?」

「軍隊に入る前に、夜に会いたいって」

 そうしてとても優しく微笑む。

「ひさしぶりに、我儘言っちゃったよ」

 夜の頬に、ぽろりと涙の粒が落ちた。

 それでも夜は心のどこかで、涙なんてほんとうに久しぶりに流したな、とも思っていた。

 そして涙はなかなか止められないものだと実感していた。


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