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豆畑の外は世界の果て  作者: 大石安藤
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朝はまだ砂漠を行く

「……どこに行ったのかしら」

 朝は太陽が沈みかけている砂漠をぐるりと見回した。それほど長い時間寝ていたのだろうか。知らない間に丸1日ぐらい眠り続け、それで置いていかれてしまったということだろうか。

 傍らの小さなオアシスのほかには茫々と岩と砂が広がっているばかりの土地に立ってみると、どんなことも有り得るような気になるものだ。だが置いていくなら、ここまで連れてこなかったのではないだろうか。

「ここに居ればなんとかなるのかしら」

 なんともならないだろう。

 だいたい、置いていかれたと感じるのもおかしいことなのかもしれなかった。元々が知り合いでもなければ、誘い合わせて旅をしているわけでもない。

 砂漠で途方に暮れていた朝を、次の、少しだけ大きめのオアシスへと連れてきてくれただけだ。朝をどこかへ連れて行く義務は無い。反対に置いていく自由だってあるだろう。人としてそれはどうだと怒ったところで、元来、ひとりで砂漠を横切ろうとした朝が無謀なのだ。

 ひとまず、朝は水を飲んだ。そしてまた辺りを見回した。この短い間に太陽は姿を隠し、闇は忙しなく大地を覆っていく。空を埋め始めた星を見ながら、朝は自力で砂漠を乗り切らなくてはいけないと覚悟をしたのだが、その覚悟が性急であったことにも同時に気がついた。朝は腹を括るのが3人の中では一番簡単に過ぎる。

「あら」

 ぼかかんぼかかんと、足元に砂煙を起こしながら近づいてくる物がある。それがらくだに乗ったあの男だと気がつくのに時はかからなかった。らくだは足が速かったし、顔を見分けるぐらいの光は、まだなんとか残っていた。

「すまなかった」

 開口一番謝られてしまったため、朝は何を言っていいのかわからなくなった。

 いなくなったことに文句を言うべきなのか、どこへ行っていたのかと尋ねるべきなのか。一体全体あなたは誰なんだと、最初に聞かなければいけなかったことを口にするべきなのか。それを言うなら、男だって朝に名前すら尋ねていない。

 どちらにしろ、男は朝に質問する暇を与えなかった。

「すぐに出発する。今日は雲が無い。星明りで十分だろう。その布を畳んでくれ」

 らくだから降りるやいなや、男は潅木に止めていた布を片付けはじめた。朝は慌てて敷いていた布を畳む。それらをらくだに括りつけてから、3つの皮袋を水で満たすと、男はさっさと朝をらくだの上に追い立てた。

「さっきのように足を組め。そう、しっかりつかまって。すまないがもうひとふんばりだ」

 最後の一言は朝にではなく、らくだへ向けた言葉だ。返事をするように、らくだはぐぶうと鼻を鳴らし、男の背中に顔をこすりつけた。

――そういえば、この毛布は私のじゃなかった。

 朝は自分を日射しは砂から守っていた毛布が自分のではないことに今更ながら気が付き、なぜ置いていかれたと感じたのだろうと少し考えてから、小さく頭を振った。考えても仕方がない。

 素早くやってきた闇は長くて遠い。

 らくだに乗ることは、朝にはかなり疲れることだ。しばらく乗っていると吐き気もする。仕方がないので時々らくだから降りては横を歩き、また乗るを繰り返した。男は文句も言わずに、その度に黙って手を貸してくれたから、疲れることはわかっているのだろう。

 男はほとんど口を開かない。たまに「水を飲んでおけ」とか、「体は揺らさない方が乗りやすいだろう」とか、アドバイスらしき事を口に出すぐらいだ。朝のことも何も聞かないし、自分のことも何も言わない。最初のうちは朝から尋ねたりしたのだが、答えがいっこうに返ってこないので、朝も諦めた。素姓のわからない男についていく不安より、砂漠に取り残される不安の方が大きかったせいもある。どちらにしろ、それこそ今更な話だ。

 らくだが朝とおしゃべりをしてくれるはずは無いので、いきおい、朝はぼんやりと辺りや空を眺めながらただ揺られていた。

 そうして進んでは休みを繰り返していくうち、星の数は少なくなり、周囲にはさりげなく色が戻ってきはじめた。色といっても空と砂の色ばかりなのだが。

 いつまでもどこまでも同じ風景が続くようですっかり砂に疲れていた朝の目にも、地平線をそれまでとは違う形に変えている物が見えてきた。

「ねえねえ、あれはなに? なにかの建物? それともあれこそ噂の蜃気楼?」

 男は苦笑しながらも、珍しくさっさと答えを口にしてくれた。

「蜃気楼じゃない。あれは正真正銘、町の入り口の門だ。おまえが行こうとしていた国ではないが」

「えっ。じゃあ、あれはどこの国になるの」

 男が言った国の名前は、朝が目指していた国の南隣にあたった。

「随分南に来たのねえ。私はまっすぐ東に歩いているつもりだったんだけど。自然に曲がってしまっていたということかしら」

「そういうことだ。東に歩いていたら、あのオアシスには着かなかっただろう。そしてあそこに俺がいなかったらどうなっていたか、もう想像できるだろう」

「そうね、そう。あ、ええっと、ありがとう。助かりました」

 男はまた苦笑した。

「いや、礼はいい。想像して気をつけろと言っているんだ。とにかくあと1日の辛抱だから我慢してくれ」

「1日? あの町に行くんじゃないの?」

 朝は地平線を指差した。辛うじて塀と砂とが、その色で区別できるぐらいに見えている。

「あの町まで1日だ。途中で休んでも、明日の日が昇る頃には着くだろう」

 砂漠での距離感の危うさに、朝は男の言った気をつけろの意味を正しく実感した。


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