決意の瞬間
初夏の畑には青々とした葉が繁り、さわさわと風に翻っている。畑に挟まれ、踏み固められた細い道の先に、1軒の家が建っている。
畑の他には西に小川、東に林、北の遠くに険しい山。それだけ。そこに建つ1軒の家。小さな四角い家。
小さな四角い家に住むのは、3人の姉妹。同じ顔をした三つ子の姉妹。
白いペンキとブルーのタイルで上下に分かれている浴室の壁。白に少しだけ緑が入っているようにも見えるペンキ塗りの部分を見つめている時、朝はそれを思いついた。
――そうよ、ここから出ればいいのよ。
その場所にシミひとつあるわけではなかったけれど、朝はそこを見つめ続けた。きれいに塗ったペンキも、補修の個所がわからないように気を配ったタイルも、3人でわいわい言いながら作った。5年前の話だ。
――このままじゃ、どうにもならないし。
そして朝は浴槽から床から全てに、バケツでざっぱりと水をかけた。毛先が広がってきたブラシを丁寧に濯ぎ、日のあたる窓に立てかける。それからぐるりと浴室を見渡した。
――今すぐ。
窓に視線を戻した時には、悩んでいた時間はなんだったのかというぐらい、きっぱりと決心がついていた。
屋根は濃い茶色の厚い板で葺いてある。合間に断熱材として萱を入れてある。壁は白に塗ってあるが、汚れが目立ってきている。玄関扉は屋根と同じ濃い茶色で、頑丈で重いが、意外にすんなりと開けることができる。日頃の手入れの賜物だ。
四角く大きなテーブルの上に、3枚の白い皿を並べながら昼は気がついた。
――ここを出た方がいいのね、きっと。
3枚とも同じ形の白い皿。傷ひとつなく、区別のつかない同じ皿。誰が使ってもかまわない、どれを使ってもわからない皿。それぞれが座る位置に置いていっても、目の前にあるのが昨日と同じとは限らない皿。
鍋から立ち上る湯気を見たら、決意が固まった。
――そうね、それが一番いいのよね。
それでもいつもと同じように食事を取り分けていく。食べないわけにはいかないのだ。たとえここを離れるとしても。
――ご飯を食べたら考えないと。
今日は焼きたてのパンがある。パンは昼に勇気を与える。
玄関は北向きなので、いつでも少し陰になる。玄関の両側に窓がある。入って右が食料貯蔵室。左が物置。右側には台所が、左側には浴室とトイレがそれぞれに続いている。真っ直ぐな廊下を抜けると、突き当たりに居間と食堂を兼ねる広い部屋がある。
南向きの窓は大きめに取られているから、燦々と陽が降り注ぐ。3人の部屋は居間を挟んで右と左に分かれてある。右には朝の部屋と客間。左には昼と夜の部屋。客間を使うことは滅多に無いが、夜は手入れを欠かさない。
今年は珍しい種類の豆を植えてある一番大きな畑の見回りを終えて戻った時、夜は自分達の家を見て思った。
――出て行こう。
畑も家も覆っていた靄もすでに消えかけている。平屋の家は、ただ四角い。部屋数はあるが、それぞれがこじんまりと小さい。小さな家だ。小さな四角い家。そこに暮らすのはたった3人。同じ顔をした3人きりでもう15年も暮らしている。
夜は急がなければと、早足で家に向かった。
――あの鞄。
必要な物をあれこれ思い浮かべながら、夜は重い扉を開けた。