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窓には厚いカーテンが閉められたままでロウソク一本火が灯されていない部屋は真っ暗だでは僕はさすがに動けないが勝手知ったるメイドは窓へかけていきカーテンを開けた。明るくなった部屋でクララを探すとクララは壁側の部屋の隅で丸くなっていた。
「クララ…………」
ビクッとして顔を上げたクララは髪はボサボサでもう昼をとっくに過ぎているのに寝間着だった。目がトロンとしており焦点が合っていなくて僕だとわかっているのかも不明だ。
「私も三日ほどお嬢様にお会いできていなかったのです」
メイドが僕に小さな声で伝えてくる。
こういうときは僕より慣れ親しんだメイドがいいだろうと彼女に任せることにした。メイドはクララに近づこうとしたタイミングでノックの音がする。メイドは素早く扉へ行くと外にいる者と何やら話をしてすぐに戻ってきた。
「信用できるメイドにミルクを頼みました」
「そうか。それはいいね」
メイドがクララに近づき何やら話しかけながらゆっくりと立たせる。僕はわざと窓際に行き二人を遮らないようにした。
クララをソファーに座らせてクララにローブをかけると背中を擦りながらクララに話しかけている。
しばらくするとメイドは僕の方へやって来た。
「お嬢様からボブバージル様にお話があるようです。お声は大きくはなさらないでくださいませ。わたくしはお体をお清めいただくお支度をしてまいります」
僕はゆっくりとクララの隣に座りクララの手を両手で包み込んだ。
「僕の大好きなクララ。やっと会えた」
「ジ、ジル……。わたくし……わたくしではダメなのです。
わたくし……わかってしまったのですもの」
僕の手を見つめながら震えるように言葉を出すクララは僕の目を見ようとはしない。
「クララは何をわかったの?」
できるだけ優しくそして語りかけるようにクララを焦らせないようにそう意識して聞いた。
「わたくしはとても不細工なの。不細工なわたくしはジルの隣に立てるような女の子じゃないの。ジルが……ジルが……恥ずかし思いをすることになるわ。
そ、それに……
「それに?」
僕はクララの言葉に反論せず全部聞くことにしたが心の中はドロドロのマグマ状態であった。爆発させてあの親子を殴りに行きたかったが今はクララを優先させる。
「そ、それに、ジルはダリアナが好きなのでしょう? わたくしはダリアナには敵わないもの」
クララは泣きながら消え入りそうな声で訴える。
夢の中のセリフをクララが口にすると一瞬目眩を起こすが懸命に振り払う。
「僕が好きなのはクララだよ。クララも知ってるでしょう? 僕のクララはとてもかわいいよ。誰がクララにそんな嘘を言っているの?」
僕は握った手をゆっくりと動かしてクララの手を擦る。クララはまるで僕が隣にいることを今知ったかのように僕の顔を一瞬ジッとみた。
しかしクララはすぐに下を向きすべてを否定するかのように頭を振った。クララの涙は頬を伝って止まらない。
「でも、でも……初めてダリアナに会った時にジルはダリアナに見惚れていたわ」
クララは震える声でその時の悪夢を思い出したくないとばかりに小さく頭を振っている。
「勘違いさせてごめんね。あの時は僕の知っている人にあまりにそっくりだったからびっくりしただけだよ。だから僕は僕から離れた席にダリアナ嬢を案内したろう? よく思い出してごらん」
クララが頭を振ることを止めてゆっくりと思い出そうとしていることがわかる。僕もゆっくりと待つことにした。
クララが顔をあげて僕の目を見た。
「え? そ、そうね。そういえばわたくしが真ん中でしたわ。そう。あの時のジルとダリアナのお話がとてもちぐはぐで…………。
そうですわ。わたくしは二人に挟まれてとても困っておりましたのよ」
僕もウンウンと大きく頷きクララを肯定する。
「そうだったよね。それに愛称呼びもダリアナ嬢にははっきりと断ったでしょう?」
今度はクララがウンウンと頷いている。
「ジルって呼べるのはわたくしだけだっておっしゃってくださって」
やっとクララの視界に僕が入っていると感じられた。
「うん。そうだよ。『ジル』って呼ぶ者は家族にもいない。クララだけのものだよ。それに僕が隣にいてほしいのはクララだけなんだよ」
僕はクララの手をギュッと握りしめた。