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あまりに手紙の返事がないので母上と相談をしてマクナイト伯爵邸へ行ってみようと思っていた翌日の夕方、マクナイト伯爵様が我が家にいらっしゃった。
応接室に通した伯爵様は暗いお顔をしていた。
「クラリッサが寂しがっている。会いに来てやってくれないか」
神妙な面持ちで僕に頼み事をする伯爵様。クララのことを心配するあまりであると信じることにした。
「わかりました。明日伺います」
僕はクララが手紙をくれない理由を知りたかったこともありマクナイト伯爵様の提案をのんだ。
僕は昨日の夢のこともあるのでマクナイト伯爵邸への訪問は強い覚悟を持っていくことになった。
翌日、約束通りマクナイト伯爵邸へ赴く。
玄関に待っていた使用人に応接室に通された。ソファーへと案内され座って待っていれば現れたのはダリアナ嬢とマクナイト伯爵夫人だった。
僕の隣にダリアナ嬢が座り正面にマクナイト伯爵夫人が座る。婚約者でもない男の隣になんの躊躇もなく座り膝を擦り寄せてくるなんて普通の母親なら叱りつけるところだろう。しかし、マクナイト伯爵夫人はさも嬉しそうにニコニコとそれを見ていた。
いつものようにお菓子や果実水が並び夫人のための紅茶も出てきた。
軽い挨拶とともに会話が普通のことのように始まり二人がまくしたてるようにしゃべるが会話の内容が全く頭に入らない。どこのお菓子がうまかろうが、どこの小物がかわいかろうが、この二人に興味が持てないのだ。二人の好みなど聞く気にもならない。
それでも僕は嘘の笑いで頷いていた。そして楽しそうな雰囲気になったところで隙をついて尋ねる。
「それで? クララは今どこに?」
マクナイト伯爵夫人は明らかにしかめっ面をしたが僕が片方の眉を上げて少し睨むと一変してニコニコとする。
「クラリッサはボブバージル様にはお会いになりたくないと申しておりますのよ」
マクナイト伯爵夫人は口元を扇で隠して本心を見せないようにしている。視線は僕ではなく使用人に向いていたので僕もその使用人を確認する。
見たことのない使用人だ。
『この公爵家からの来客たる僕を接待する席にいるこの者。つまり、執事なのか? 主の粗相に注意もできないような執事が伯爵家にいるのか?』
執事の質を見定めながら考えを巡らせていたらダリアナ嬢が奇妙な言い訳地味たことを言い始めた。
「そうなんですっ! お義姉様はそれをわたくしに当たり散らすのです。ボブバージル様を追い返すようにって……」
ダリアナ嬢がハンカチを膝の上で握りしめて悲壮感を演出している。
「いつもわたくしに当たり散らすときには物をなげつけてきますのよ。クッションならまだいいですわ……。時には置物までも……」
眦をハンカチで押さえるダリアナ嬢だが僕は全く信じる気になれない。
「まあ、ダリアナっ! 可哀想にっ! クラリッサにはいつも冷たくされていて、本当に可哀想なダリアナ――」
マクナイト伯爵夫人が扇の奥でハンカチで涙を拭くフリをすればこちらからは一切何も見えなくなる。薄笑いでもしているのではないかとさえ思えてしまうくらいだ。
「本を投げつけられるのは毎日ですのよ。お義姉様は本だけはたくさんお持ちだから。
本ばっかり読んでらっしゃるから楽しいお話もできないのよ。お姉様って本当につまらない方でしょう」
僕のイライラは頂点だった。
『クララが本を投げるなんてある訳ないじゃないかっ! クララはつまらない女の子なんかじゃないっ!』
「僕はマクナイト伯爵様に『クラリッサに会いに来てくれ』と言われたから来たのです。クララに会えないのなら失礼しますっ! 見送りは結構だっ!」
喧嘩腰に応接室を出て乱暴に扉を閉める。こうすればいくら図々しい二人でもすぐに追いかけて来る気にはならないだろう。
僕は帰るふりをして玄関ホールからのびる階段を駆け上がり三階のクララの部屋へ向かった。
クララの部屋の前には二人のメイドがいた。メイドが悲鳴をあげるが無視をして突き飛ばすがその扉には鎖がされて鍵前がつけられていた。
『ドンドン! ドンドンドンドン!』
「クララ! クララ! そこにいるの? クララ!」
扉を叩きながら叫んでもクララの声は聞こえてこない。
そうこうしているうちに先程の執事らしき者が護衛を連れてきて僕は護衛に床に抑えられた。
『よくぞやってくれたっ!
僕は公爵家の人間だと理解もしていないようだ』
爵位を考えればこのようなことはやっていいことではない。
僕はそれを利用することにした。
「僕の父上は王弟だ。僕が父上にお願いすれば国王陛下まで話が通るのをわかっているのだな?」
僕はまだ声変わりはしていないけどできるだけ低い声でそう言った。