13
クララの部屋をそっと出るとそこには憔悴しているのか訝しんでいるのか眉を寄せたマクナイト伯爵がいたので僕は丁寧に会釈する。
外はすっかり暗くなっていた。
「クララは?」
「今少しだけ食べて寝ました。僕が信用できると判断したメイドについてもらっています」
「……そうか。随分と気苦労をかけたみたいだな。現状を説明できる者がどうもいないようなのだ。バージルから話を聞かせてもらえるかい?」
マクナイト伯爵様が眉を垂らして困惑と申し訳なさを持っていらっしゃることがよくわかる。他人の家で子供の僕が『僕が信用できると判断したメイド』なんて言葉は普通ならありえないことだ。
普通でない現状を伝えなければならないだろう。
「もちろんです」
護衛にその場に残ってもらい先程のメイド二人にも声をかけることにした。信用できる者にクララのことを託してから応接室に来るという。
マクナイト伯爵様と二人で先に応接室へ戻る。マクナイト伯爵様が飲み物を聞いてくれたが少し待ってもらうことにした。
しばらくすれば先程のメイド二人が応接室に現れた。今は僕はこの二人以外からの食べ物は食べれない。
「そうか……。バージルはこの者たち以外は信用できぬのか」
「全員を把握はしておりませんので他の者を疑っているというより僕の知る者が彼女たちしかいないだけです」
「調査せねばならないな」
「はい。必須だと思います」
僕はのどがカラカラだった。メイドが出してくれたグラスを一気に空けるとメイドがボトルに入ったいっぱいの果実水を注いでくれた。マクナイト伯爵様にはワインのようだ。
護衛の一人にも飲み物を頼みクララの部屋の前の護衛にも飲み物を頼んだ。その護衛が安心して飲めるように僕のサインをした紙を一緒に持っていってもらった。
マクナイト伯爵様がワインを一杯一気に煽った。
「はぁ……」
伯爵は大きく息をしてから話し始めた。
「公爵家には使いを出したから今日は泊まっていくといい。施錠できる部屋にするから心配はしなくていいぞ。食事はあとで部屋に届けさせよう」
「できればあの二人にお願いします」
ここまでのことで僕がこの家の使用人の一部を信用していないことは充分に伝わったであろう。伯爵様はもう一度大きく息をして了承してくれた。
「ふぅ……。わかった。
それで? 何があったんだ?」
伯爵様は手の平を前で組み肘を膝に乗せて前屈みで僕の話に耳を傾けた。僕は背筋を伸ばししっかりと伯爵様の目を見る。
「伯爵様は昨日、僕に『クラリッサに会いに来てほしい』と言われました。どなたに頼まれたのですか?」
「妻だ。クララはこのところ、どう見ても元気がなかったからね。妻に原因を知っているか聞いたんだ。そうしたら君に会えてないというではないか。確かに以前は君と話した本の話などをよくしてくれていたんだ。それに前妻が生きている頃は一緒に勉強もしていただろう?
だから私が君に会いに行ったのだよ」
やはりクララは今日僕が来ることは知らなかったのだ。それにしても伯爵夫人は都合よくクララの名前を使ったものだ。
「そうでしたか。僕はここのところ、こちらにお邪魔してもクララと二人で話すことは全くできませんでした。それどころかダリアナ嬢と二人にされクララは夫人の部屋に連れていかれてました」
「なに?」
伯爵様は片眉を上げて訝しむ。僕を疑っているのか夫人を疑っているのかは定かではない。
「時には先触れを出したにも関わらずこの家にダリアナ嬢しかおらず、メイドたちによりダリアナ嬢と二人きりにされることもありました」
伯爵様が壁際に立つメイド二人に視線を移すが二人は戸惑っていて返事はしない。
「おそらくは彼女たちではありません。そのメイドが誰なのかは後で二人から聞いてください」
「そうしよう」
伯爵様の視線がこちらに戻ったことを確認してさらに続ける。
「僕はそれが嫌でこちらに伺わなくなったのです。その代わりクララに我が家に来てもらう約束をしました。しかしその日に我が家に来たのはダリアナ嬢でした。ダリアナ嬢にはクララの具合が悪いと聞かされました」
伯爵様は少し思い返すように宙を眺め訝しむ顔のまま答えた。
「そこまで具合の悪い日は記憶にないが?」
「そうでしたか。クララが病気でないのならそれはよかったです。しかし先程クララに聞いたらクララは僕が病気だと聞かされていたようです」
「どういうことだ?」
伯爵様は理解できないとばかりにソファーの背もたれに寄りかかり腕を前で組んで僕の話を待った。
「わかりません。ただ僕とクララは誰かの策略で会えなかったのではないかということです。
その日から僕はクララにたくさんの手紙を書いて我が家へ誘ったのですがクララからの返事はありませんでした。先程クララに聞いてみたらクララには届いていなかったようです」
「なぜだ?」
伯爵様は真相に辿りつけないことに少し苛立っているようだ。だがクララを守るためにも僕としても最初からすべてをさらけ出すわけにはいかない。
「それも……わかりません。そう言えば執事もメイドもずいぶん変わったのですね」
「ん? メイドもか?」
急に話が変わったことに戸惑いつつも壁際の二人のメイドに伯爵が確認すると二人は頷いた。
「そうなのか。
私の仕事は館長だから特に家内で秘書兼執事を必要としない。だから前妻の時も前妻が選んだ執事やメイドにしていた。
前妻の選んだ使用人たちでは今の妻がやりづらいだろうと使用人の采配は自由にさせていたんだ。出てもらう使用人には推薦状を持たせるようにと伝えてな」
少し冷静になったような口調で伯爵様は説明してくれた。
「出ていった使用人のことは僕はわかりません。でも公爵家からの手紙を握り潰せるなんてご当主様か執事か夫人しかいませんよね?
僕の母上が、僕の手紙を正式な公爵家からのお誘いのお手紙だと判断してくださり僕の手紙には公爵家の封蝋がしてあったはずなのですが…」
伯爵様は公爵家の封蝋と聞きさすがに肩をゆらていた。




