ようこそ異世界管理機関へ
「なんだい?ここは。まるで映画でしか見たことがないような、宇宙船の中のようだね」
『異世界管理機関』。
ここが私の職場であり、これからの潔君の職場になる場所だ。私が勝手に決めたけど。
異世界管理機関は、簡単に言えば名前そのままの仕事で、それぞれ異なる世界を管理している。
しかし、異世界に行くこと自体は同じだが、その仕事内容は人によって様々で、異世界の魔物を討伐する仕事があれば、異世界を滅ぼす仕事もある。
私達はバランスを保っているのだ。
異世界のバランスを。調整しているのだ。
世界というものはとても壊れやすい。
特に、魔法や魔術、魔物といった、突出した力を持つものの存在する世界では、バランスの崩壊も簡単に起こる。
例えば、少しでも人間側が有利になるだけで人間は魔物に勝利し、その世界はしばらく人類が動かすことになるだろう。
まぁ、世界というものを大きな食物連鎖網だと考えていい。
草を食べる草食動物、それを食べる肉食動物がいるとする。
だが、もし肉食動物が草食動物を食べ尽くしてしまったら、食べるものがない肉食動物は困るし、食べられなくなった草は増え続ける。そしていつしか、少なくなった食料を争っての肉食動物同士での争いによって自ら滅び、残った植物である草が世界を埋め尽くす。そうしてバランスは崩壊していき、しまいにはその惑星を滅ぼしてしまう。
世界も同じだ。バランスが崩れれば、無理にバランスを保とうとした世界が崩壊し、無くなってしまう。
まぁ、それは極端な話で、そう易々とはならないだろうが、それを未然に防ぐために私達はいる。
特に、最近では『転生』や『転移』などが増えており、外部からのものが流れ混んで来る。それは言わば、その世界にとっての外来種。
その世界にとっての、病原体でしかない。
ずっと、バランスを崩壊し続けるということだ。
「潔君の世界に、ゲームってある?チートって分かるかな?」
「分かるよ。鋼、フェアリーでしょ?」
「それはクチート」
「家でダラダラとして、働かない人でしょ?」
「……それはニート」
「万有引力」
「ニュートン……って、ニートの方に近づくな……チートだよチート、つまりゲームバランスを崩壊させるようなものってこと」
チートとは、コンピュータゲームにおいて、簡単に言えばズルだ。
ゲームを改造したりして、本来のゲームではありえないような異常な速さで走ったり、通常は見えてはいけないずなのに、壁越しに敵が見えたり、無敵だったりする。
そういう規格外のものを使う人のことを、チーターと言う。
「それらの病原体……チーターを排除することこそが、私の役目であり仕事。つまりは転生者、転移者を倒すことが目的ってわけ」
「へぇ、なるほど。つまり、久恵ちゃんは人殺しをしているわけだ」
……まぁ、否定はしないけど。
わざわざ遠まわしの言い方をしたのに、なんだか気分が悪い。
「けど、その転生者ってのを逆に助けることもあるんでしょ?」
「まぁね。助けるというか、強い勢力がたまたま魔物側で、転生者に協力する形で助けることになるってことだけどね」
弱きを助け強きをくじく。
まさにそんな仕事だ。
「まぁ、それだけでもないよ。進みすぎた世界には退化の歴史を。原始時代すらも始まらない世界には、進化の歴史を。そうやって、地道に世界を管理しているんだよ」
「ふぅん。そんな中、久恵ちゃんは人殺しを」
「転生者があまりにも強かった場合、強さのレベルが釣り合わない。転生者でなくとも、努力のしすぎで強くなった人や、偶然力を手に入れた魔王。それから、天才過ぎる人物。その世界から突出した能力を持つ者は、全て排除する。それを人殺しと呼ぶのは、少し違うんじゃないかな」
「やってる事は同じだろう?あぁそうか。つまり、その役を僕にやらせたいわけか」
「話が早くて助かるわ。そう、まさにあなたに向いている仕事でしょ?」
「自分でやってくれ」
うっ!まぁ、そりゃあそこを突かれるだろう。
だが、私だって自分でやれるものならやりたいさ。
いや、殺したいって言っているようなものだから、そんなこと人前では言わないけれど。
「それができれば苦労はしないよ……実は、『異世界管理機関』の原則で『自らの手は下さない』というのがあるの」
「ほう?」
「助けるも殺すも、管理機関は直接手出しできない。あくまでサポート。手助けしかできない」
その世界に干渉すれば、それによりバランスが崩れてしまう可能性があるからだ。
大きな力は、バランスを崩しやすい。
「けど、間接的とは言え結局は手助けしているわけだから、自分の手を使おうが他人の手を使おうが、あまり変わらなくないかい?」
「もちろんただの口実よ。そんなことを言い出したら、そもそも異世界に行くこと自体、バランスを崩しかけているのだから。まぁ、転生者や転移者のようなチーターほどではないけれどね」
だから、私一人ではできない仕事なのだ。
必要なのだ。パートナーが。
一度死んでおり、人を殺す能力を持つ人。人を殺すことができる人。
そんな人材が。
「でもそれは、僕じゃなきゃいけなかったのかい?代わりはいくらでもいたと思うのだけれど」
「随分と自信なさげだね。まぁ、確かに同じ境遇の人ならいたよ。けれど、誰一人として人を殺せる人はいなかった」
排除……殺すのは、魔物だけではない。
人間も、排除の対象になることは、少なくない。
というか、そちらの方が多いくらいだ。
「『人なんて殺せない』とか、そういうのばかり。みんな人を助ける側がやりたいんだってね」
しかし、誰かがやらなくちゃいけない。誰かがやらなくちゃいけないことを、誰もやらないのだ。
そんな時に現れたのが、潔君だった。
「人を殺せる人。それが、圧暦潔。あなた」
「……なるほどね。事情は分かったよ。けど、生憎僕は一度死んだ身。もう生きたくないと体が叫んでいる」
「と言うと?」
「楽しくないんだ。残念ながら、僕は殺すのが好きなシリアルキラーでは無く、殺さなくては生きていけない呪われの身なんだ。だから、死んだのならもう生きなくてもいい。殺す必要も無いのさ」
「……え?」
ど、どういうこと?殺さなくてもいい?必要がない?
つまり、もう殺さない?
「僕の生きる目的は無くなった。せっかく貰った命だけれど、もう生きなくてもいいよ。それに、ビートルズも存在しないような世界で生きていきたくはないしね」
ビ、ビートルズ?
ビートルズなら知っている。有名なアーティストだ。
潔君は、ビートルズが好きのだろうか。
「音楽というものは大事だよ?実は僕は音楽が好きなんだ。だけどもう聞けないとなると、生きる意味なんて……」
「ある」
潔君の言葉を、途中で切った。
いけない。このままでは、せっかく見つけたパートナーを早々に失うことになる。
それだけは避けなくては。
「もし、手伝ってくれるのであれば、潔君のいた世界から物を取ってきてあげる」
「……?」
「ナイフでも本でも、スマホでもお菓子でも愛する人の写真でも。何でも一つだけなら」
必死だ。
本当は別の世界からものを持ってくることは、あまりよろしいとされていない。
しかし、今回は緊急事態。
何としてでも潔君を逃すわけには行かない。
「……カセットテープ」
「え?」
「僕のお気に入りのカセットテープがあるんだ。それを取ってきて欲しい」
「そ、そんなので良いの?」
「そんなのなんかじゃないよ。僕にとっては大事なものさ」
「分かったわ……じゃあ、それで良ければ」
これで、契約成立……なのか?
潔君は、パートナーになってくれた……のか?
「手伝って、くれるの?」
「僕がいつ嫌だと言ったんだい?初めからそうする気さ」
「は?」
「別に殺すのが嫌な訳じゃないよ。めんどくさいだけ。殺す必要が無いのなら、別に好きで殺す気は無いって言うことを伝えただけだよ。必要があるのなら殺す。ただ……」
「……?」
「君のパンツを見せてもらうことが条件だけどね」
「それは嫌」
もう……一体なんなの?この人。
多分、潔君にとって、殺すというのは何でもない事なのだろう。
呼吸と同じだ。
生きるのに必要だからやった。
でも、必要が無くなったなら呼吸はしない。別に、呼吸は楽しくてするものでもないからだ。
おそらくそんな感覚。
潔君にとって、殺しは呼吸と同じ……だと思う。
「それじゃあ久恵ちゃん。これからよろしくね!まだまだ分からないことばかりなんだか、しっかり教えてくれたまえよ」
「う、うん。何でそんな上から目線なのかは分からないけど、教えるわ。でも、今回はもう帰ってていいよ。後は私がパートナーの申請とか、色々済ませておくから」
「帰る?どこに?」
あ、そっか。
転生したばかりだったんだっけ?なら、帰るも何も家がないね。
「えーっと、部屋借りるから、やっぱり一緒に来て」
そう言って、潔君を連れて行く。
あぁ、なんだか、これから大変なことになりそうな予感がした。
「と、その前に。その目立つ服だけは着替えて貰おうかしら」