出会い
「いつになったら連れて来るんだ!」
「すみません……あと少しで見つかりそうなんですが」
「あと少しあと少しって、いつまでそうやって言っている気だ!」
「申し訳ありません」
怒鳴り声が部屋中に響く。
耳が痛いくらい怒られてばかりの私にとって、それはただの日常茶飯事に過ぎなかった。
部長に怒られることぐらい、慣れてしまっていた。
「それともなんだ?お前がやってくれるのか?」
「いえ、私もそうしたいのは山々なんですが……」
「そうしたいだと?馬鹿言え、人殺しをしたいなどと言うやつがあるか!」
お?人殺しを……したい?死体だけに、したい?
と、怒っている上司のダジャレも見抜いてしまうくらい、私は怒られることに慣れてしまっていた。
悪いとは思っている。
確かに、未だ見つけられていない私が悪い。
しかし、何もそんなに怒らなくてもいいじゃない。そう思い続けること約数ヶ月。
そろそろ危機感を感じていた。
「今日中に見つけられなければ、お前はクビだ」
「え?」
「クビになれば、その後どうなるかは……分かっているな?」
「……はい、もちろんです」
一通り話し終える……というか、怒られ終えると、私は部屋から立ち去った。
「よぉ、殺し屋さん」
コツコツ、とヒールで廊下を歩く音。
一難去ってまた一難。
いつもの女だ。
「あ、ごめんごめん。あんたは殺さないんだっけ?けど、あんたが殺させるんだから、結局はあんたが殺してるようなものだよね。まぁそれも、あんたの下僕が見つかればの話だけど」
あははは。
と、笑い声が廊下に響き渡った。いいよね、楽な仕事は。
他人を助けることが仕事な人は。
「ちょっとちょっとぉ、何してるの?早く仕事行くよ」
「あっ、ごっめーん。今行くぅ」
この女の友達だろうか。通りすがりに女を連れ去り、どこかへ行った。
まぁ、いい。今は助かった。
仕事……仕事ね。私も行かなくては。
先程は、下僕などという言い方をされてしまったが……まぁ、ほとんどそれと変わらないようなものだが。私は仲間を探している。
仕事を任せられる、一緒に仕事をできる仲間。
そう、それが、今の私に必要なものだ。
「…………」
廊下をしばらく歩き、ある部屋に入る。自動ドアが開き、中に入るとそこには異様な光景。
何だか、言葉では言い表せるないような特殊な機械。床が青白く光っており、そこに立っている人は、次々とその姿を消していく。何度見ても嫌になる機械だ。
ここから仕事に向かう。いつもいつも、憂鬱な仕事に。
私は、嫌々ながらもその素振りは見せず、機械の横に立っている人に話しかけた。
「異世界管理機関処刑科、幸崎 久恵。トランスファーを申し込みます」
「了解。目的と世界選択を」
「目的は、パートナーを探しに。世界は……」
別にどこだって構わない。
どこに行ったって、どうせ同じだ。
だから、適当でいいか。
「どこでもいいです。お任せします」
「了解。それでは、トランスファーを開始します」
私は、機械の上に立つ。
眩しいくらいの光が足元から差し込み、私の全身を包む。
「トランスファー、実行」
重たい音が聞こえる。
トランスファーの音だ。
そして、同時に目の前が真っ暗になった。と、思ったら、今度は一気に明るくなる。
気付けば私は、雲一つない快晴の空の下、見渡す限り広大な草原の上に立っていた。
周りには、誰もいない。
「トランスファー完了。これより、行動を開始します」
独り言のようにそう呟いて、歩き出した。
別に景色が急に変わることなど驚きもしない。
なぜなら、それが当たり前だからだ。
私は……私達は、それが仕事。
異世界に転移し、世界のバランスを保つことが仕事だ。
……とは言ったものの、今の私にはその仕事をこなすことが出来ないけど。
「…………」
わりと街に近い座標に現れることが出来たようだ。
どうやら、ここはファンタジー世界。いわゆる中世と言われるような時代のようだ。
なら、そう難しくはない。
この時代は、私がよく来る世界だ。
「すみません、集会場ってありますか?ギルドとも言うんですけど」
そこら辺を歩いている女性に話しかける。
私の服装を少し見つめ、不思議そうな顔をしたが、すぐに応じてくれた。
「あぁ、ギルドね。それなら、この道を真っ直ぐ行った先の、角を折れてすぐ左前に見えるよ」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドなどと呼ばれるそれは、冒険者や戦士が多く集まる場所である。
ならそこに、私の求める人がいるはず。
例えいないとしても、それならそれで良い。また探せばいいだけだ。
「大変だなぁ」
本心が、思わず口に出てしまった。危ない危ない、疲れが出てきているのかな。
まったく、あの上司にはうんざりだ。
そんなに言うなら自分でやってみろと思う。別に、そんなに無理な話では無いだろう。
そうだ、やればいいんだ。そして、その座に私が着く。これで万事解決。
などと、下手な妄想をしている間に、目的のギルドへと到着した。
ギルド。
あまり大きくないが、外装は城のような形をしている。時代のせいか、ほとんどが木材や石でできているが、古さを感じさせないよいな作り。逆に味となって、オシャレな雰囲気を持っている。
そんな建物の扉を開けて、中を覗く。
「こんにち──────」
私は、目を疑った。
突如私の視界に飛び込んできたのは、大きな男。
まるで熊ではないかと思うほどに大きな男が、床に突っ伏している姿だった。
なぜ床に突っ伏しているのか、それは見れば一目瞭然である。
後頭部に深々と刺さっているナイフ。これに殺られたと考える他ない。
そして、この静かな場所で……ギルドにしては珍しく物音すらない場所で、ただ一人だけ喋っている人。
大柄な男のもっと奥に、二人の男がいた。
一人は、こちら側に正面を向けながら、背後にいる男と話している。
その背後にいる男は、私と同い歳くらい、つまり高校生くらいに見える。
「俺は……最強なんだッ!」
「さよなら」
そんな声が聞こえたかと思うと、振り向いて会話していた男が、とつぜんビクビクと体を小刻みに動かしだした。
そして、口から何かを吐き出すと共に前へ倒れ込んだ。
血だ。
吐き出したのは、血だった。
さすがに血とトマトジュースの違いくらいは分かる。
そう、これは血だ。
倒れた男の後ろにいた人。その人は、倒れた男をじっと見つめながら────笑っていた。
ニヤニヤと、ニタニタと。
まるで嬉しいことでもあったかのように。
まるで楽しいことでもあったかのように。
その片手に持ったナイフに付いている血が、より一層彼の不気味さを醸し出していた。
──────そして、私も思わず口角が上がりかける。
つられ笑い……などでは無い。私自身の笑いだ。
しかし私は、殺した男の死体ではなく、殺した加害者を見て笑った。
人を殺した男を見て、笑顔を浮かべてしまった。
「……ッ!」
ギルド内は驚愕する人と、逃走する人しかいない。いつも魔物などのモンスターを殺している冒険者が、殺人現場ごときで逃げるとは何事かと思うが、まぁ無理もない。その殺人の犯人と見られる男は、明らかにイカれているように見えるからだ。
頭がおかしい。そう見える。
「ねぇ」
話しかける。
そのイカれた男に、私は話しかける。
「……?」
自分が呼ばれたのか疑問に思っているようで、男は少し首を傾げた。
「この二人を殺したのは、あなた?」
後頭部にナイフが刺さっている大柄の男と、背中から真っ赤な液体が溢れ出ている男。
「いいや違うよ。僕じゃない。僕はただ見ていただけ、この人達が勝手に死んだのさ」
嘘だ。
その手に持っているナイフが血に塗られているのに、なぜそんなものを持っていて殺していないと言い張れるのだ。
はっきり言って凶器。
狂気だ。
しかし私は続ける。なんとしてでも、この男をスカウトしたい。
「あなた、私と同じね」
「……同じ?」
「転移者」
男の姿、明らかにここの世界のものでは無い。
まずその服装。シンプルだが目立つ色のオレンジ一色。ダサいなんてものじゃない、まるで囚人服だ。
そして、大柄の男の後頭部に刺さっているナイフと、手に持っているナイフ。
どちらも同じ物のようだが、デザインに見覚えがある。
いや、細かい所で見覚えがあるとか、そういうのではなく、現代……つまり、私がいた世界にあったものと、似たようなデザインということだ。
この世界の時代だったら、ナイフよりと言うより短剣だ。
だが、男の使ったであろう物は短剣とは違う。あれはナイフだ。
つまり、この男は私と同じ転移者。転移した歳に持っていたナイフを使い、この二人を殺したということだ。
「なんだい?それは」
「詳しく話したいわ。私と一緒に来て」
「でも、知らない人にはついて行っちゃ駄目だって言われてるし……」
いや、なに子供みたいなこと言ってるんだ。
「いいから、はい!」
私はズカズカと男に近づいて行き、男の腕を掴んで引っ張る。
どこに連れて行くのかと自分でも思ったが、とりあえずは人の少ないところ。
こんな場所では、注目を浴びて仕方が無い。
「おいおい、大丈夫なの?僕に殺されちゃうかもよ」
「殺さないわよ、あなたは。だって、こんなに可愛い私を殺そうと思う男がいるのかしら?」
「……」
自分で言っておいて、後で後悔した。
テンションが上がっているせいか、意味のわからない発言をしてしまったことをお詫びする。
「よし、まぁここならいいでしょ。あなた名前は?」
「知らない人に────」
「もうそれはいいから。あ、私は幸崎 久恵」
名前を聞くなら、まず自分から名乗る。
「僕は、圧暦潔。見ての通り殺人鬼さ!」
随分と笑顔の絶えない殺人鬼だ。
まぁ、殺人鬼というのは、一部始終とは言え先程ので分かった。
自ら殺人鬼と名乗るのには少し驚いたが。
圧暦潔……うん。やっぱりこの人だ。
「で、殺人鬼な僕に何か用?まさか殺して欲しいとか?」
「殺して欲しいけど、それは私じゃないわ。別に殺して欲しい人がいるの」
「へぇ、いいね」
この男、圧暦潔に出会って、すぐに分かった。
私が求めている人物は、まさにこの人だと確信した。
「けど、殺人鬼だよ?人を殺しちゃうんだよ?いいの?」
「だからこそあなたなのよ。そんなあなただからこそ、私は話しかけた」
「そんな僕?」
やっと出会えた。こんなに嬉しいことは無い。
もちろん、人殺しに会ったことを喜ぶのはおかしい。
それは自分でも分かっている。
しかし、今の私にとっては、それは何よりも喜ぶべき事だった。
「とにかく、あなたが必要なの」
「僕が?」
「そう。他の誰でもない、あなたが」
こんなことを言われるのは、さぞかし幸せなことだろう。
自分のことを必要としている人物がいる。
しかも、それをこんな真正面からお願いされては、たまったものではない。
「悪いけど人違いだろう。この僕が、よりによって『圧暦』であるこの僕が。他の誰かに必要とされることなどありえない。人違いだろう」
「違うわ。あなたのことさっき言ったでしょ?殺人鬼だってのは重々承知なの。だからこそだよ。だからこそ、殺人鬼であるあなただからこそ、必要なんだよ」
「ふぅん。何だか悪くない気分だけれど、かえって怪しいね。新手の詐欺かな?」
「あなた、この世界に来て間もないでしょ。なら、思い入れとかもないわね。よし、それじゃあ私と一緒に来て。説明するから」
「おいおい強引だなぁ」
そう言いつつもついてきてくれるところが、意外と優しい。
本当に私を殺さないし、話しも通じる。
いつもニヤついている所を除けば、案外常人なのかもしれない。
「ところで久恵ちゃん」
「へ?あ、な、なに?」
びっくりした。
いきなり名前にちゃん付けで呼んで来たものだから、思わず変な声を出してしまった。
「何色のパンツ履いてる?」
「……」
前言撤回。
やはり常人では無い。
まぁ常人であろうが無かろうが、この際どうでもいいのだが。
私は、人を殺せる人材が欲しかったのだ。
そう、それこそまさに、殺人鬼やら殺し屋やらの。
「ここら辺ならいいかな」
と、最初に来た草原へと到着した。
別に元の位置へ戻る必要は無い。だが、周りに何かあると、巻き込んでしまう可能性もあるので、できるだけ何もない場所に来たかったのだ。
「目的達成。トランスファー開始」
腕の機械をいじって、圧暦潔を掴む。
……圧暦潔じゃ長いな。それなら私も対抗して潔君と呼ばせてもらおう。
「潔君、暴れないでね」
「そんなこと言われたら暴れたくなっちゃう──────」
転移開始。
物凄いスピードで、時空間を駆け巡り、異世界を移動する。
そして、到着。
元の私の世界。
居心地の悪い基地。
「────よ……あれ?」
「ここが私の世界。ようこそ、圧暦潔君、『異世界管理機関』へ。ここが私の職場だよ」