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異世界転移

「……ここは?」


視界は真っ青。一瞬、なんだろうかと疑問に思ったが、俺は横になって空を見上げているのだと気づいた。起き上がって周りを確認すると、雲一つない快晴の空の下。

大草原の中で、俺は寝転んでいた。


「これって……まさか」


異世界転生来たぁああ!!!

おいおいマジかよ!この感じ。

起きて気づけば、そこは見知らぬ世界。これって異世界以外の何でもない。

俺、最久津(さいくず) 強一郎(きょういちろう)。十八歳。今まで何の変哲もないない暮らしをして来た。

クラスでは、数少ないオタク仲間と一緒に細々と過ごし、運動系の奴らから馬鹿にされづつけてきた。

だが、まさかこんな転機が現れるなんて……。


「いやいや待て、落ち着け。まだそうと決まった訳では無い」


もしかしたら、いつの間にかただ大農園に運び込まれただけという可能性もあるし、ここまで来た記憶が無いが、それはただの記憶喪失で、実は自分でここまで来ていたという可能性もありうる。

変な期待をして、ぬか喜びするのが一番嫌だからな。

そう思い、俺は歩き出した。

しばらく草原の中を歩くと、道にたどり着いた。ここだけ草が生えていない。確実に道だ。真っ直ぐと伸びているが、その行き着く先は見えない。


「こんな場所、日本にあるか……?」


俺が知らないだけで、あるにはあるのだろうが、少なくとも俺の家の近くには無い。

なら、やはり異世界という可能性もある。

と、また少し期待が膨らんできたところで、遠くに何やら黒い箱のようなものが見えた。


「ん?あれは……」


その箱は、道を堂々と渡って来て、俺の目の前で止まった。

馬車だ。こんな時代に馬車というのも、観光名所ぐらいでしか見ることは出来ないだろう。それなのに、こんな人通りの無さそうな場所で堂々と乗っているのいうのは、本当に珍しい事だ。


「やぁ」


馬車の中から顔を出したのは、優しそうなおじいさん。

見た事のないデザインの服。まるでファンタジー世界のような、西洋の服だ。

おじいさんの隣には、硬そうな帽子があり、振動で落ちてしまうためか被ってはいなかったが、漫画やアニメでしか見たことがないような大きな羽のついたハット帽だった。


「君、珍しい服装をしているね。よかったら、それを私に譲ってはくれないかね?」


珍しい服装と言われて、俺は自分の服を見た。そういえば、学校から帰ってそのまますぐに寝てしまって、それから気付けばここにいた。

制服のまま寝てしまっていたためか、格好は制服のままだったのだ。

そして、これでハッキリした。

見知らぬ場所、見知らぬ風景。

馬車に乗ったおじいさんに、中世の服装。

そして何より、制服を面白い服装だと言った。まるで初めて見るかのように。

ということは、ここが異世界であることは、これで確定した。


「異世界来たぁあ!」

「ん?」

「あぁ、いや。何でもない。それよりこの服を譲るから、街まで連れて行ってくれないか?」

「もちろんだよ。タダで譲って貰う気はないさ」


そう言って、おじいさんは馬車で俺を街まで連れて行ってくれた。

馬車に乗る体験は初めてで、とてもじゃないが、心地のいいものとは言えなかった。だが、楽しくはあった。何せ初めてなものは、何でも面白い。


「うぉお……」


街に着くと、驚いて思わず声が漏れる。

街の風景はもちろんのこと、人々の服装や店、建物までもがファンタジーだ。

凄い。

こんなにもリアルに……いや、これは現実か。

俺は、異世界転生だか転移だか分からないが、そのことを実感し、再び喜んだ。


「到着。ここで服を選ぶといい」

「え?」

「いやぁ、その服を貰ってしまうと、君は裸になってしまうだろう?だから、好きなものを買ってあげよう。その服には、それでも欲しいと思える価値がある」


こんな普通の服にそれほどの価値があるとは思えないが、おじいさんがそう言っているのだからお言葉に甘えることにした。

店へ入る。店の中は当たり前だが、まるでゲームの中の世界のように中世だった。家具やら何やら、ほとんどの物が木材でできており、売っている服も革製だ。


「じゃあ、一番軽くて動いやすいのにしようかな」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」


そう言って店員さんが持って来たのは、随分と薄手の、シンプルな服だった。

まぁ、今はこれで良いか。

あまり高いのだと、このおじいさんにも悪いしな。


「これにするよ」

「なに?こんな安いのでいいのか?ま、まぁいいが……」


おじいさんは少し戸惑ったような様子だったが、すぐに買ってくれた。

そして、試着室もついでに借りて、着替えた。


「はい、これ」

「ありがとさん。こんなに良い服を貰えて、とても嬉しいよ。それと、これ」

「ん?」


それは、丸い金属のコイン。随分と丁寧に、何かしらの文字や記号の書いてあるものだ。


「これは……?」

「……?硬貨に決まっているではないか」


なに?ということは、この世界のお金か。

しかし、なぜそれを渡して来たんだ?


「さっき服買ってもらったのに。こんなものまで受け取れない」

「いいんだよ。あんな安いもの、買ったうちに入らないさ。少ないけど、それも貰っていきな」

「なら、お言葉に甘えて……ありがとう」


正直こちらとしてはありがたい。

この世界に持って来たものは、服だけで、金になりそうなものは無かったのだ。

こうして現金を貰えただけでも、嬉しい。

しかし、これで一体いくらなんだ?


「それじゃあ」


そう言っておじいさんは帰って行った。

街にはたどり着けたし、目立たない服も手に入った。

そして、わずかながらお金も。

……わずかなのか?

もう一度、手に持っている硬貨を見る。

金が五枚、銀が十枚……銅が十五枚……うーん、だいたい金貨が百円前後だと考えると、そんなに貰えなかったな。

まぁ、まさか俺が一文無しだとは思わなかったのだろう。貰ったものにケチをつけるのも違うしな。


「さて、これからどうしようか」


とりあえず店を出て、街をしばらく歩いてみる。

店の看板が度々見えるが、文字が読めなくて分からない。言葉は分かったのに。

しかし、建物の外観を見ればだいたいの予想はつく。

例えば、今気になっているこの建物は、きっとギルドだろう。

冒険者ギルド。

それは、ファンタジーの世界における、冒険者達が集う場所だ。

なぜ分かるのかと言うと、さっきから人が出入りしているし、その人達は皆、物騒な武器や硬そうな防具を身につけているからである。


「まぁ、俺は闘う能力とか無いし、こことは無縁だろう」


そう思い、踵を返すところ。

急に、ギルドの扉が開いた。と、思ったと同時に中から何かが飛び出してきた。


「うわぁ!?」

「きゃっ!」


ぶつかる。

痛い。


「いてて……」


当たった勢いで転んでしまい、地面に倒れこんでしまったが、確かに見た。

あれは、尻だ。

そう、俺の顔面に、勢いよく尻が突撃してきたのだ。

そして今も尚、その尻が俺の顔面に乗っかっている。


「あの……」

「きゃっ!?ちょ、ちょっと、喋らないでください!」


なっ、声が……女の子!?


「あ、ご、ごめん」

「ひゃああん!」


あの、どいて欲しいのだけれど。

と、俺が謎のヒップスタンプを食らっている時に、図太い声が聞こえた。これは嫌な予感。


「おい、てめぇ」

「ひゃあ!ご、ごめんなさいごめんなさい!もう二度としませんから!」

「そんなんでは許されると思ってんのか?あァン?」

「ひっ」


突然、俺の視界は開け、間近で見ていたであろうパンツがはっきりと見えた。

どいてくれた……訳では無い。

無理矢理どかされたようだ。

俺の上にいた、ヒップスタンプの張本人であろう人物が、大柄の感じ悪い男に頭を持ち上げられている。まさか、アイアンクローで人間を持ち上げられるだなんて……凄い。って、おいおいそうじゃないだろ。さすがにアイアンクローされている人を間近に、見過ごすわけにはいかない。

助けないと。


「なぁ、お前」

「あぁん?」


うわっ、怖っ。

でも、女の子が嫌がっている。


「その手を離せ。痛そうにしてるだろ」

「はっ、ははは。がはははは!!何を言うかと思えば!」


大柄な男は、手を離した。

空中でそのまま離したせいで、女の子は地面に落ちる形になる。

だが、落ちるにしてはそこまで高いものでは無かったので、尻もち適度で済んだようだ。


「よりにもよって、この俺様に喧嘩を売るとはいい度胸だ!がっはっは!」

「別に喧嘩を売ったわけじゃねぇよ。注意をしただけだよオッサン」

「ちいせぇガキが……調子にのるなァ!!」


やっべ!

男はキレて、殴りかかってきた。

だが、遅い……気がする。何だか、妙に動きが見える。

遅い、遅すぎる。


「よっ」

あっという間に、いとも簡単に、その拳をかわしてみせる。

「なっ!?」

「オッサン、遅いよ」


男が驚いている間に、腹に一発食らわせる。単純なボディーブロー。

腹の奥まで入ったのが、感覚でわかった。

人を殴ったのは初めてだったが、どうやら効いたみたいで、男はその巨体を丸めるようにうずくまってしまった。


「あ、あれ?言うほど強くないな。あんた」

「ぐ……うぅ」


一発ノックアウトか。可哀想に。

ギルドから出てきた人や、街を歩く人が通りかかる度に見られ、さぞかし恥ずかしいことだろう。

まぁ、女の子を虐めた罰だ。


「あ、あの……ありがとうございます!」

「え、いや……俺も、まさか倒せるとは思っていなかったんで」

「その、良かったらなんですけど、お礼をさせて貰えませんか?」


お礼か……まぁ、こっちはお礼目当てで助けた訳では無いけれど、今はこの世界の情報が知りたい。

ちょうどいいので、色々聞くことにしよう。


「なら、ギルドの中で話を───」


刹那。

俺の意識が一瞬飛んだような気がした。こうして考えることが出来ている以上、実際に意識が飛んだ訳では無いのだが、それくらいの衝撃に襲われたということだ。

背後からの一撃。

後頭部への攻撃だった。


「ッ!!」


俺は、耐えることも出来ずに前へ吹っ飛び、正面の席の人の机へと勢いよくぶつかった。


「これぐらいでやられるとでも思ったか?てめぇ、絶対に許さねぇ」


まだやられていなかったのか。

まさか……騙したのか?倒されたフリをして、背後から攻撃するなんて、卑怯な奴だ。

だが、思っていたよりも痛くはない。こんなに吹っ飛ばされれば、骨の一本や二本くらい折れていてもおかしくは無いだろう。アドレナリンの影響か……?よく分からないが、体に異常は感じなかった。

俺は立ち上がり、男の方を向き直る。


「負け惜しみはよせよ。さっきので決着は着いたはずだ」

「そうだね。確かにそうだ」

「……?」


背後から声がした。

しかしそれは、大柄の男のものでは無い、もっと若々しい声。

その瞬間。

言葉を聞いて、理解しきる前に。

背中に熱を感じた。

熱い。

とても熱い。

背中が焼けるように熱い。

痛みに耐えながらも、後ろを振り向く。

するとそこには、満面の笑みを浮かべる青年の姿。

大柄の男では……ない。


「な、なんだよ……これ」

「君達、ちょっとうるさいよ。そういうのは外でやって来てくれないかな?ただでさえ僕は、ラッキースケベに腹が立っているんだ。それなのに、チート能力を見せられて、おまけに僕のピザまで落とした。これは許せないよね」

「ピ……ザ?」


青年の足元を見ると、確かにピザらしきものが落ちている。

もう既に形は、原型をとどめておらず、それがピザだったのかは分からないが、おそらく先程、俺が机にぶつかったせいでぐちゃぐちゃになってしまったのだろう。

いや、だからと言って刺されるか?

背中を。

ナイフで。


「ナイフ……で」

「おぉ、よく分かったね。そうだよ、ナイフさ。君の背中に刺さっているものはナイフ。そう、紛れもなくナイフそのものさ」


どういうこと……だ?

なぜそれだけのことで、俺はナイフを刺されているのだ?

俺はただ、女の子を救おうとしただけで……。

振り向いても、見えるのは青年の奇妙な笑顔だけだった。


「悪いね。このギルドでは、騒ぎを起こしたものは即座に排除というルールがあるらしくてね。だから、僕はルールに則って、君達を排除する」


そう言う青年の声色に、悪びれた様子はない。

そんなルールあったか?などと、周りはザワつく。

ザワついていないで、早く俺を助けて欲しいのだが。


「な、なぜ……」


なぜだろう。先程吹き飛ばされた時には痛みをあまり感じなかったというのに、ナイフの痛みは感じてしまう。

だんだんと意識が朦朧としてきた。

血が少なくなっているのだろうか。

背中の感覚はもはや無く、熱さは寒さへと変わっていった。

まさか、死ぬのか?

俺はここで、終わるのか?

せっかく転生したのに。

この異世界でハーレムを築いて、最強の力で無双すると思っていたのに。

こんな所で……こんな、所で!


「おっと」


ヒュンッと、風を切る音。

俺の顔の真横を通り、奥にいた大柄な男へと向かって行った。

それはナイフ。

小さなナイフが、男の後頭部へと刺さった。

その大きな体が、大きな音を立てて前のめりに地面へと倒れた。


「君も逃がさないよ……ラッキースケベはしていなかったけれど、女の子に暴力を振るのは良くない」


く……そ……こんな、こんなことで。

俺は死ぬのか。

チート能力で無双する。それが俺の夢だった。

転生だなんてあまりに現実味がなくて、全然体感できていない。

もっといたい。この世界に。

まだ、俺は──────


「俺は……最強なんだッ!」

「さよなら」


意識が遠のいて行く。

頭の中が真っ白になり、もう何も考え──────────

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