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九 ケダモノはケダモノでしかない

 目が覚めた時にはベッドは冷たかった。

 私の隣に寝ていた男は既に起きて活動しているらしい。


「早く服を着なきゃ!」


 既に下着姿を見られているだろうが、だからって起きた後も下着姿を見られても平気ってわけではない。

 しかし、私は動くのが遅すぎた。

 背中のボタンを半分止めたところでダンベールが戻ってきたのだ。

 ああ!どうして女性服はこんなにも小さなボタンが沢山並ぶのよ!


 彼は機嫌良さそうにガラガラと朝食の盆が乗ったカートを押して部屋に入ってきたが、私を見つけるや私の元へと数歩で近づき、そこで、なんと私を抱き締めて無理矢理なキスをしようとしてきた。

 させるわけもないと、私は彼の顔を両手で押さえた。


「何を考えているの。」


 ダンベールはふっと微笑むと、腰と背中に添えていた両手のうち背中にあった右手を私の半開きの背中に突っ込んで来た。


「きゃ、きゃあ!何をするの!」


 私の手はダンベールの顔からパッと離れ、彼はニヤリと微笑むと私の額にチュっとキスして、背中と腰にある両手でもって私を彼の胸板に押し付けた。


「ふれあいって、人との距離を縮めるねぇ。そして、君の背中は触り心地は最高だが、女の子にしては意外と筋張っているね。」


「失礼な!」


 私はダンベールの足を唯一自由な足で強く踏みつけたが、彼はさっと足をどけたので痛いのは私の足だけだった。

 彼はさらに私を抱き寄せて、あら、なんてこと、私を自分の胸板に押し付けながらも私の背中のボタンを留め始めたのだ。


「あ、ありがとう。」


「いいよ。ただし、次はもう少し色っぽい服にして。こんな修道服じゃあ脱がすのも着せるのもワクワクしない。」


「あなたの頭はそれしかないの?あなたは私を捕まえて遊びたいだけなんでしょうけど、残念ね。私はモテた事が無いの。あなたが望むようなエッチな事はしたくもないし出来ないと思いますわ。」


「あら、無垢だというそこは嬉しい情報だ。時間はいっぱいある。俺が俺好みに君を仕込めばいいだけの話だ。」


 さーと血の気が下がった私は、彼の腕の中で必死に暴れた。


「放して変態!あなたは頭がおかしいわ!」


「そうだね。君のせいでおかしくなってしまった。はい、ボタンはお終い。」


「え?」


 私は私の腰を掴んだ彼によって、それも意外と優しく彼から引き離されると、そのまま淑女をエスコートするようにして歩かされて、終いには彼にベッドに座らせられた。

 私を座らせる時の優しく洗練された彼の手つきや、白い馬に乗った近衛兵の時にしていた精悍な顔つきを私を見下ろす時に見せてきたことで、私の心臓がどきりとジャンプしてしまったのは悔しい。

 そして彼は私を翻弄できたと確実に認識している。

 優越感に浸った顔付で微笑みながら、私の真ん前に食事の乗ったカートを押して来たのである。


「調教は食事の後だ。まずは君には昨夜の戦利品を献上しよう。」


 調教という言葉に私はぴきっと脳の神経が切れそうになったが、目の前に私の鞄があることでそれを流した。

 私の大事な、いえ、伯爵家の大事な宝石が入っているのだ。

 私はまず鞄に手を伸ばし、宝石の無事を確かめようと鞄を開けた。


「あら、まあ?」


 鞄の中には二つの宝石箱とお金の入った財布という見慣れたものがちゃんと入っていたが、見慣れない宝石箱も一つ入っていた。


「何かしら、これ。これはわたくしの家のものでは無いわ。」


 見慣れない宝石箱を鞄から取り出してダンベールを見上げると、彼はその宝石箱を受け取りながら私には初めてという微笑みを見せていた。

 良い子を褒める様な顔つきだ。


「そうか、やはり君こそ伯爵令嬢の方だったのかな?」


「どういうことですか?」


「君が詐欺師のイゾルデ・ユージーンであるという情報のもとに、俺は君を捕まえたんだ。ところが、君は思っていたような人ではない。だが、その鞄の中には盗まれた王家の財宝も入っていた。では、俺はどうしたらいいのだろう。そこで俺は君に尋問をして君を見極める事にした。」


「まあ!」


 ダンベールはそれで私にあれほどの無体な行動をしていたのか。

 自分のお尻に指を突っ込ませようとした意味がよくわからないが。

 とにかく疑いが張れたらしいことにはほっとしていた。


「で、では、わたくしがイゾルデ・ユーフォニア本人だと認めて下さったのね。」


 彼は私の横にすっと座った。


「いや、まだまだ。」


「ええ!」


 私は混乱中だ。

 私は疑いが晴れたのではないの?

 まだ彼独自の厭らしい尋問を受けなければいけないの?

 混乱する私をよそに、ダンベールはカートの上のポットを持ち上げると、包帯を巻いた左手も器用に使って紅茶をカップに注ぎ始めた。


「さあ、朝食だ。食べよう。」


 朝食を始める声にしては意外とそっけないものだったが、私のお腹はぐぐうと鳴っているのでフォークに手を伸ばそうとした。

 あ、フォークはどこにあるの?


「イゾルデ。」


「はい?」


 彼の右手にはフォークがあり、フォークにはこんもりと湯気の立ったスクランブルエッグが乗っている。

 え?

 私の腰には彼の左手があり、その手は私を逃がさないように添えられている。

 え?


「口を開けて。君は空腹な筈だ。」


「じ、自分で食べられますわ。」


「従順こそ信頼を得る近道だよ。俺が君に君が望むものを食べさせてあげよう。」


「一人で食べさせてください。フォークをください。」


「ねえ、君。どうして落としたカトラリーを自分で拾ってはいけないルールなのか知っているかな?」


 彼は答えようとした私の口に、フォークの先を突っ込んだ。

 口の中には温かな卵が入り、私の口の中が美味しさにじわっと痺れた。


「いい顔だ。君をまだ食べていないのにカトラリーで君に殺されたくないからね。ハハハ、落とした振りして拾ったスプーンで殺されるのは嫌な死に方だ。」


 私はどうしてこんな「ど助平」な近衛兵に監禁されねばならないのだろう。

 そうよ、身分で言えば伯爵令嬢の私の方が上だわ。

 私は挑むようにしてダンベールを睨みつけた。

 まあ、彼の真っ黒な瞳が期待で輝いて見えるのはなぜかしら。


「もっと?」


「いいえ。パンが食べたいわ。千切って頂戴。」


「え?」


「食べさせたいのでしょう。パンを千切って下さらないかしら?」


 ダンベールは私の申し出に目を丸くしたが、アハハハと直ぐに心地の良い若者特有の笑い声を上げた。


「さあ、はや、むぐ。」


 私の口に、千切ってもいない丸まるのロールパンが押し込められた。

 ダンベールは好青年とは言い難い悪魔のような微笑みを浮かべていた。


「そのまま齧ればいい。獣になるんだ。俺と君。一週間は一緒だろ。仲良くケダモノに戻ろうか。」


 ああ!お母様!お父様!

 私はどうしたらこの鬼畜から逃げられるの!

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