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八 朝のサービス

 朝の目覚めは最悪だった。

 詐欺師で逃亡を考えているのならば、俺が何もしなくとも俺を攻略するために色々してくるべきではないのか?

 俺は最後には俺の上にイゾルデが乗って動く姿まで想像していたというのに、彼女は何もしてこなかった。俺が誘ったその通りに俺の背中に貼り付いて、彼女はそのまま寝入ってしまったのである。


 純情そうに俺の尻を弄んで俺を期待させておいて、準備万端な俺を完全放置とは何たる所業か。


 俺の下半身は猛り狂ったまま朝を迎え、俺は朝ならば俺から出来るだろうと起き上がったが、イゾルデはさらに俺の思惑を外す行動をしてくれていた。

 幼児の様に爆睡している姿を晒しているのだ。

 寝姿どころか、下着さえも俺への嫌がらせかと思うぐらいだった。

 地味なブラウンチェックの首まで覆う長袖ワンピースにも辟易したが、彼女の着ていた下着は子供が着る様な木綿のシュミーズとドロワースだったのである。


 下着に気を使わないとは何事だ!


 そんな彼女の寝顔は純粋無垢で、全てに安心しきったような子供みたいでもあり、俺は彼女の存在のちぐはぐさに戸惑ってもいたのか、彼女からその目障りな下着を脱がす事も忘れてしばらく彼女の顔そのものを眺めてしまっていた。



「少佐、カートはわたくし達がお運びいたしますが?」


 俺の目の前の食事室のボーイが何度目かの申し出を俺にしてきた。

 俺はイゾルデを見つめ続ける俺こそ彼女に落ちてしまったのではないのかと急にぞっとして、仕切り直しの朝食を手に入れに食堂室に来ているのである。

 昨夜の俺達はそういえば飯を食っていない。

 俺の膝に全裸にした彼女を乗せて一緒に飯を食い、彼女を誑し込むのはどうだろうか。

 尋問が横道に逸れてしまっても、俺達には時間なんて腐るほどにある。


「あの、少佐様?」


「いや、俺が運びたいから気にしないで。従業員用のエレベーターを使わせてもらえれば俺はぜんぜん構わないから。」


「いやいや、そここそ迷惑だから。君は相変わらずだねぇ。」


 笑いを含んだ声に振り返ると、クリーム色の生き物が俺の後ろで偉そうに立っていた。クリーム色の髪は未だにふさふさであり、仕立ての良いバニラ色のスーツからはみ出しているシルクシャツは無駄に華美なものである。

 俺の着た切り雀とは偉い違いだ。


「これはこれは、ブリュッセン公爵様。」


 俺は仕事用の笑顔と振る舞いをするように体に命じた。

 こいつを交わして早く船室に戻らねば、俺のイゾルデが目を覚ます。

 目を覚ましたら服を着てしまうではないか。


「君、早くカートを持って来てくれないかな。」


 急に威圧的になった俺にボーイは目を丸くすると俺の注文通りの朝食カートを取りにと厨房へとすっ飛んでいき、俺は再び公爵に振り返った。


「申し訳ありません。連れがおりますもので。」


 ブリュッセンはわかっているよと言う風に眉毛を上げて見せた。

 わかってんなら俺から離れろよ。


「君は休暇中だったね。そうだ、そのお連れさんと一緒に僕と夕食は如何かな。僕にも素敵な秘密のお連れがいるんだよ。ふふ。」


 せっかくですが畏れ多すぎまして、ご辞退させていただきます。

「休暇中だって言ってんだろ。パワハラかよ。」


「え!」


 ブリュッセンが目を白黒させている顔に、俺は本音の方を口にしてしまったようだと今更ながら気が付いた。

 俺は王族の一員でもある公爵に最高の笑顔を作り、謝罪の言葉を口にした。


「あ、申し訳ございません。わたくしは休暇中ですので社交辞令も綺麗に片付けてしまっていたみたいです。わかってくださいよ。下っ端は休暇中のプライベートこそ上司に会いたくないものじゃないですか。」


 しかし、俺が謝っているのにもかかわらず、ブリュッセンはさらに顔を真っ赤にさせて膨れ上がったようになった。


「君は本当に失敬な男だ!あのベネディクトが可愛がるわけだよ。ハハハ、間抜けな彼は自分の女を着飾らせる甲斐性も無いがな。」


 第二王子ベネディクトの魔法葡萄紛失事件など完全な内緒ごとではないかと、俺に怒りながら自分の席に戻って行くブリュッセンを目で追っていた。

 彼は荒々しく椅子に座ったが、彼の向かいには彼の新しい愛人が座っている。

 十代にも見える赤毛の可愛らしい美人だ。

 いかにもな、男が守ってあげたくなるような風情に自分を演出している女。


 イゾルデとは全く違う。


 あいつは武器に使える涙を堪えて、この俺を睨みつけて来たのだ。


 ああ、思い出してしまった。

 また勃ってしまうじゃないか。


 俺は自分を静めるために、興味が全く湧かない女のいる席を見つめ直した。

 ブリュッセンは感情を周囲にまき散らすがごとく、がちゃがちゃと音を立ててカトラリーを手に取っている。

 そういうところが上に立つ資格が無いんだよ。

 面白いぐらいに無感情な第二王子様を見習え!


「公爵様、どうなさったの?」


「イゾルデ、どうもこうも無いよ。躾のなっていない野良犬がいただけだ。」


 俺は公爵達を遠目に見ながら、ふうん、と呟いていた。


「あの、少佐様。」


「ああ、ありがとう。カートを持って来てくれたんだね。助かるよ。」


 俺は最高の作り笑顔をボーイに向けた。

 俺は失敗はしたが仕切り直せる環境にいるのだ。

 これほどに幸運の男はいないであろう。

 まずは朝食でイゾルデ伯爵令嬢を謀るのだ。

 あ、それよりも、か?

 ああ、裸で朝食は今日はお預けか。

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