五十一 私はあなたとどこまでも歩く
王宮でデビュタント専用控室とされた大広間は玉座風のおかしな舞台装置もある部屋だったが、そこは白いドレスの女の子達と黒のタキシード姿の男の子達で溢れていた。
デビュタントとなる私達は会場入りするや親から引き離され、女官達によって一か所に集められ、それからそこでこれからどのようにして会場入りをして王様に謁見するのか、までをスーツを着た男女によって懇切丁寧に説明を受ける事になったのである。
説明に現れた男性は第二王子で、彼のパートナーとして横にいるのは当たり前だがミラベルだったが、彼等がスーツ姿という事はパーティに参加しないのであろうか。
「ねえねえ、また寄宿舎に逆戻りした感じがしない?また先生のお話よ。」
シャロンは目を大きく見開いて、お道化るように目玉を回した。
アデールもエマも小さく吹き出し、シャロンの言う通り学校に戻った気がして私も嬉しくて一緒にクスクス笑いをした。
「では、皆様方、これからペアを組んで頂いて会場入りをいたしますが、先頭から陛下に挨拶し、それから会場の方々に軽くお辞儀してからダンスの輪を作っていきます。その流れをわたくし達がお見せします。」
ミラベルは言うやベネディクトと手を繋ぎ、二人は王座を見立てたところまで歩いて行き、そこで二人そろって深々と腰を落とす挨拶をし、再び手を繋いでそこから五歩ぐらい歩くと、くるっと体を回転させた。
そこで恐らく会場に向けてなのだろうが今度は軽い挨拶で身をかがめ、それから互いに向き直ってやはり挨拶をし合うと手を繋ぎ合ってダンスをし始めた。
これは最初に教わる簡単なダンスで、手拍子の後に数歩歩いて手を繋ぎ、場所を入れ替えるようにしてターンして、また手拍子をして数歩歩いてまた手をつないでのターンを繰り返すだけのものだ。彼等は一回目のターンでダンスを終えて私達に向き直った。
「いいかな。このダンスは誰もが知っているものだから間違えようは無いけれど、これを踊りながらダンスの輪を作って欲しい。先頭は延々と踊ることになって申し訳ないが、これも親の爵位のせいだと諦めてくれ。」
デビュタント達はベネディクトの物言いに笑いさざめき、ベネディクトが読み上げる名簿順にペアを組んで並び始めた。
シャロンもエマもアデールも子爵令嬢で一緒に並べないのかと一瞬がっかりしたが、私が伯爵家の最後にされて彼女達が順位を先にされていた事で仲良し四人組が離れ離れにならなくて良かったと互いに喜んだ。
これはもしかしてベネディクトの采配なのだろうか?
いいや、絶対にそうに違いない。
彼は気配りのある優しくて素晴らしいい王子様なのである。
もちろん女の子の先頭に立つのは侯爵家の中でも歴史も古く王家に近い上位のリンドバーグ家の令嬢であるクラリッサであったが、最初にベネディクトが言った通り、私達が挨拶をしている間延々とあの幼児ダンスをしなければいけない身の上と考えると同情心さえも湧いていた。
「君はちゃんとした挨拶が出来るのかな?未来の労働者階級夫人?」
私のペアとなる相手、セイファー伯爵家の三男が口を歪めて私を見下していた。
「もう君は散々使い込まれているんだっけ?僕もお手合わせ願いたいかな。ほら、花街は病気が怖いじゃないか。」
私はツンと顎を上げ、ペアでない限り明日には忘れそうな個性のない男を睨みつけた。
「あなたの貧相なものでは全く楽しめそうもないからお断りよ。」
周囲で哄笑の渦が出来上がり、伯爵家の三男は真っ赤になった。そこで反省すればいいものを、彼は感情に任せて私を叩こうと手を上げた。しかし、その手は振り下ろされるどころかぐにゃんと後ろに反り返った。
セイファー三男の手を笑顔で掴んでいるのはアダン中尉であり、彼がその掴んでいる三男の右手首をもう片方の手で思いっきり反り返らせたのである。
うわ、三男はあぶくを吐いて白目を剥いた。
「おや、大丈夫ですか?お坊ちゃまくん。おややあ?お手々がこれじゃあ今日のダンスは無理ですねぇ。あ、もしかして、おみ足もお怪我されていませんか?」
いや、もうすでに気絶していますわよ、と私も声が出ないが、人当たり良さそうにしか見えなかった中尉は気絶した青年を横倒しにすると、左足首を掴んでやはりおかしな方向へ曲げた。
「ぎゃああ!」
三男は気絶から目を覚まして叫び声を上げたが、すぐさま再び泡を吹いて頭をがくりと落とした。
「おやぁ、踊る前に転んで大怪我されるとは。いやはや。俺が抱いて医務室へ、うーん、失禁為されているから担架かな。」
しゃがんでいたアダンはすくっと立ち上がると、担架!と大声を上げた。
「おしっこ漏らして滑って転んじゃったみたい。医務室に連れて行ってあげて!」
アダンは私に振り返ると、悪戯そうに微笑んだ。
白を基調とした近衛兵の盛装をした彼は、ダンベールと比べれば普通に見えるのかもしれないが、彼単体ではとても魅力的だと思った。
何しろ、イレネーぐらいに悪魔な所業が出来る男であるのだ。
「助けて下さりましてありがとうございます。アダン中尉様。」
「いえいえ。美しい方とダンスがしたいとその思いで障害を取り除いただけでございます。穴の開いたこの場所、わたくしめが埋まってもよろしいですか。」
私は親切な中尉に喜んで手を差しだしていた。
「こら、浮気者。」
「え?」
アダンはハハハと笑い声を立てると一歩下がり、そこに真っ黒のダンススーツを着たダンベールが一歩前に出て来た。
カマ―ベルトに白いシャツ。
無造作な前髪はきっちりと上げていて、彼の形の良い額どころか鼻筋を強調していて、夢の王子様のような佇まいだ。
「ダンベール。」
「ベネディクトからの借りものだ。人から借りねばダンスも出来ない男だが、君はそれでもいいのかな。」
私は胸がいっぱいになっていた。
素晴らしい社交界デビューどころか、素晴らしきダンベールとダンスが出来るという私の夢が今まさに叶えられようとしているのだ。
「もちろんよ。あなたとダンスが出来るなら、あなたが裸でも構わない。わたくしだってあなたの為にドレスをいつだって脱ぎ捨てます。」
「最高だ!君はいつだって最高の女だよ!」
彼は私に手を差しだした。
私は喜んでその手の上に自分の手を置いた。
一生、ええ、どこにだって彼と一緒ならば歩いて行こうという決心のもとに。




