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五 戻ってきたろくでなし

 ダンベールは鼻歌を歌いながら戻ってきた。

 私はこれを勝機だと取った。

 これならばタイミングを間違えないと聞き耳を立て、そして、彼が扉を開けたそこで椅子を彼目掛けて振り下ろしたのだ。


 ガツン。


「きゃあ!」


 椅子がぶつかったのは床だけであり、私の両腕は椅子が受けた衝撃が伝わってじーんと鈍痛に痺れた。


「お見事!君は本当に可愛いよ。」


 ダンベールは私が手を放した椅子を蹴り飛ばして退かせると、すいっと室内に入ってきた。

 通りがかりに私の額にキスまでしたのだ。


「何をするの!無礼者!わたくしはイゾルデ・ユーフォニア。伯爵家の者です。いくら近衛兵でも失礼が過ぎます事よ!」


 ダンベールは部屋の真ん中に持っていたものを置くと、くるっと私に振り向いてからぱちぱちという風に手を叩いた。

 左手は包帯が巻いてあるので音が出るはずもない。


「素晴らしい。俺は君には感激しっぱなしだ。君は本気で最高の悪女だよ。」


「な、なにを!」


 彼は怒れる私の前を素通りすると、あ、部屋の鍵をかけた。

 ああ!私の馬鹿!彼が部屋に入った隙に逃げれば良かったのだ!


「ハハハ。抜けている所も二重丸。どこまで演技か分からない所がいいねえ。さあ、続きをしよう。さあ、ベッドに戻って。」


「戻るわけ無いわ!」


「でもねえ、夜は裸で一緒に寝るんだ。今から二人に慣れるのはどうだろう?」


「え?」


 私はそこで初めて気が付いた。

 私が持っていた鞄さえもこの部屋には無い。

 着替えは直接大叔母の家に送り届けたのだ。

 小間使いのジェイニーがトイレに行きたいと言い出し、伯爵令嬢の私が彼女が持つはずの手荷物を持って彼女を待つことになったのだった。


 あの鞄はどこに行ったの?

 お金は勿論、大事な真珠のネックレスとルビーのネックレスが入っていた。


 真珠のネックレスはお父さんが十六歳の誕生日に贈ってくれたもので、ルビーネックレスは祖母の形見だと大事にしていたものだ。

 大叔母のパーティに着るドレスに似合うからと、あの二つを持って来たというのに!


「私の鞄はどこに消えたの!」


 ダンベールはふふっと笑った。


「海。」


「え?」


「鞄は海に投げ捨てた。ざっぱーんと、いい音がしたよ。」


「な、なんてことをしてくれたの?ああ!なんてことをしてくれたのよ!」


 私はダンベールに掴みかかっていた。

 殺してやる!

 殺人犯になったって構うものか!

 しかし、軍人である彼は私が敵う相手ではなく、これ幸いと言う風に私を両腕で抱きしめた。


「放して!」


「君から抱きついて来たくせに。」


「頭がおかしいんじゃないの!わたくしはあなたに掴みかかったの!ああ!伯爵家伝来の祖母の形見のネックレスとお父様からの誕生日プレゼントの真珠のネックレス!」


 私は自分の足で立っていられなかった。

 伯爵家と言えども我が家はそんな大金持ちではない。

 宝石なんてポンポンと買えるわけがないのだ。

 それなのに家宝の一つを無くしてしまったなんて!


「ああ、どうしてくれるのよ!」


 私の足元はぐにゃぐにゃのヘロヘロだ。

 足は力を失った。

 でも私が床にぺたりと座っていないのは、私を抱き締めている男が私を持ち上げるようにしてもいるからだ。

 こんな男の助けなど要らない。


「……放して。」


「嫌だね。でも、座ろうか。」


 彼は私を数歩だけ歩かせると、そっと床に座らせた。

 完全に力を失った私は自分が座っているという感覚もない。

 私はダンベールの胸板に上半身を預けて、彼に寄りかかるようにして座っていたが、そんなことはもはや大した問題ではない。

 私は父の愛情も家の歴史も失ったのだ。


「なるほど。あの真珠とルビーはユーフォニア家のものだったんだね。」


「知っていて海に捨てたの!」


 ダンベールはうふっと嬉しそうに笑った。


「捨てていない。あれが誰のものか知りたかっただけ。さて、あれが君のものだと言い張るのならば、勝負をしようか。君が俺に勝つごとに君のものだというものを君に返そう。」


「勝つって、わたくしがあなたに勝てることなんて。」


「ワインを飲もうか?」


「ワインを?」


「ああ。互いに問題を出し合う。答えられなかったらワインを飲む。あるいは服を脱いでいく。」


「服を?」


「ああ。言っただろう。お互いに慣れようって。裸になるのが一番分かり合えるんだよ。腹を割って話そうって言うだろう。」


「あなたがどうしようもないろくでなしで助平だって船を降りたら叫んでやる。絶対にこの世から消してやるから覚悟なさいな。」


「素晴らしい。で、勝負は降りるのかな。」


 私は彼が運んできたワイン瓶を見て、それが三本もあり、そしてそれが普通のワインでないことにも気が付いた。

 保存をするために蒸留酒を足したという、アルコール度数がかなり高いものだ。

 私は酔い過ぎた人間がどうなるか知っている。

 意識を酩酊させるだけでない。

 小水を漏らしたり、悪い時には脱糞までするのだ。

 彼が応えられない問題を出せば、彼を酩酊させる事が出来る?

 いいえ、それよりもいつもダンベールが主導権を握っていることこそ許せない。


「あなた?男のくせに甘口なのね。がっかりよ。強い酒だったら、蒸留酒を持ってきなさいな。」


 ダンベールは笑顔を顔に浮かべたが、その笑顔は私が床に座っていて良かったなんて神に感謝してしまうような素晴らしいものだった。

 心臓がどきんとおおきく跳ね上がったのだ。


「最高だ。ああ、君は最高だ。」


 私は彼に頭を掴まれ、そして、彼に唇どころか全身を奪われた。

 彼の舌が私の口に入ってきたそこで、私の全身が全ての主導権を手放したのだ。

 そんな私の状態を引き起こした男はすくっと立ち上がり、誘拐して初めてと言える優しい言葉を私に与えたのである。


「お腹は空いていないかな。酒以外のものも持ってくるよ、何がいい?ああ、俺は君に何でも差し出そう。」


 私は出来る限りの笑顔を彼に向けていた。

 自分が若々しさのない不細工だという事が残念であるが、自分が世界の女王様だと思い込みながらダンベールに言い放っていた。


「あなたのいない世界。」


「さいこうだ!」


 ダンベールは本気で嬉しそうだった。

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