四十四 殺人予告と殺人者
オーブリーの服を着てオーブリーのベッドに転がりながら、俺は癇癪持ちの子供のように不貞腐れていた。
お化けが殺人者ではない場合を想定すれば犯人が限られている事に俺は思い当り、その仮定話をベネディクトに伝えてもいたのだが、あの王子は笑顔で俺をこの部屋に閉じ込めた。
「わかっている君だったら、絶対に対処を間違えませんね。」
「いえ、帰りたいのですけど。アダンはいい仕事をしますよ、きっと。あいつには憐憫の情がありませんから。」
ベネディクトは笑顔をさらににこやかなものとして、俺にハイと大きなクマのぬいぐるみを手渡した。
「憐憫どころか上司への忠誠のない彼は、とっくに寮に帰りました。」
「全く!新兵の振りして俺の隊に紛れ込んでいたあなたが懐かしいですよ。四年でどうしてこんなにいけ好かない人になったかな。」
「部下が育ててくれたのでしょうよ。」
ベネディクトは俺の鼻先でドアをバタンと締めやがった。
今日は秘密の時間を取り、俺は婚約者に指輪を渡すつもりだった。
イゾルデがどんな顔をするか見れなかったじゃないか、と俺は不貞腐れているのだ。
俺はクマさんをぎゅうと抱き締めると、ごろっと体を横にした。
小さな石は伯爵令嬢に贈るには恥ずかしすぎるものでは無いのか?
別の日に手渡してやればいいだけなのに、なぜ指輪のありかを彼女に教えた?
小さな石でがっかりする彼女を想像して、この俺が脅えていた?
「はあ。俺は結局は下っ端の底辺な男でしか無いのかな。稼ぎも少ないしなあ。ああ、給料が低ーい。それなのにこんな余計な仕事ばっかりさせられているー。」
「すいません。」
「おう!」
ベッド脇から聞こえた小さな声に、俺は割合と驚いていた。
人の気配を読んではいたが、その一つがそいつとは思わなかったのである。
その気配はベランダから四つん這いの姿になったまま、俺が横たわる寝室のベッド脇までのそのそと移動してきたのである。
それがオーブリーだったのだ。
その鈍重な体でどうやってベランダにまず到達していたのかと、俺が驚いてしまったのも仕方が無いだろう。
「何をしている?」
恐らく敵にはオーブリーの存在など俺と同じで判っているだろうが、俺は一応は囁き声を出してみた。
「ぜんぶ僕のせいですから。だから、自分で決着をつけようと。」
「あの公爵は自業自得だろ。」
「いいえ。僕がユーフォニア伯爵令嬢と結婚を望んでのこの結果です。」
「え?」
「ああ!僕があの方に恋い焦がれてしまったばっかりに!」
「あの詐欺師は美人だった。仕方が無いさ。」
「違います!公爵が会わせてくれると言ったから、ユーフォニア嬢が魔法葡萄を望んでいると言ったから、だから、僕は魔法葡萄を持って行ったのです。僕と結婚したなら、彼女の胸をあの葡萄で飾ることが出来るって考えるだろうしって。そ、そうしたら、現れたのがあの小間使いで、ぼくは、ああ、僕はユーフォニア嬢になんてことを。」
「君はイゾルデこそを望んでいたのか?」
「女神です。馬に落とされた僕を笑いもせず、怪我はないかと聞いてくれました。乗馬服を着た彼女はとても神々しくて美しかった。彼女はまだ十五歳だったのに、洗練された貴婦人だった!だから!僕は!彼女に愛されるように服も遊びも最新のものを手に入れるようにしていたのです!」
俺は初めてオーブリーをまじまじと見つめてしまったのかもしれない。
ベネディクトと違い鍛えていないので弛んでいる体でもあるが、こんなものは貴族の子弟では当たり前だ。よって、人に威圧感を与えない程度の長身の彼は、貴族社会では理想的な体格をしているともいえる。
ベネディクトこそ労働者階級の身体だと、下の人間の俺と近しすぎるからそうなったと、貴族社会で揶揄されるぐらいなのである。
またオーブリーの金髪は王族独特のクリーム色に柔らかく輝き、目鼻立ちに険が無いために赤ん坊のような無邪気な雰囲気も醸している。
追い打ちをかけるように、丸みのある大きな目の色は天使のような水色だ。
貴族の娘が輿入れ相手と考えた時、王子であり、見苦しくないどころか理想的な貴族の外見の王子は、良縁どころの相手では無かっただろうか。
俺が誘惑していなければ、イゾルデの将来は幸ある公爵夫人であったのだ。
「僕はイゾルデを愛しています!だから、あなたが死んだら、イゾルデは僕と結婚できますよね。あなたはここで死んでください!」
俺の意識を自分に向けさせ、俺の注意が散漫になったところで暗殺者に襲い掛からせる。
俺はオーブリーの姑息な所が意外と気に入った。
彼の言葉が号令となったように、自分目掛けてU字型の金具のついた棒、マンキャッチャーを振りかざして三人組が襲い掛かってきた。
俺は意外と楽しい気持ちでそれらをぼんやりと眺めてしまった。
これは、妹との結婚を許さないイレネーの仕込みなのかとも考えながら。
あるいは、弟思いのベネディクトか?




