四十三 お手紙と来訪者
友人達を送り出してすぐに呼び鈴が鳴った。
私は執事のベラードと玄関ホールに残っており、ベラードがドアを開けた時もそこにいて、ぼんやりとベラードと来客者のやり取りを眺めていた。
「緊急のお手紙、ですか?お嬢様あてに?」
眺めている所ではないわ。
「どなたからのお手紙ですって、あら?」
白い封筒を差し出している人物は我が家に来たこともある男性、ダンベールの同僚で相棒で部下だという人だ。癖のない整った顔立ちの青年で、いつもにこにこと笑っている印象の好青年だ。
「まあ、ええと。」
私の結婚話で王子が初めて訪問してくれた時に警護で来てくれた人だが、あの日はダンベールがあんな感じだったので、彼の紹介は受けていない。そのことを彼こそよく知っているからか、好青年は手紙を持った手で私に敬礼して気さくそうにニコッと笑顔を作った。
「アルベール・アダン中尉です。未来の少佐夫人。そして、こちらがその我儘な未来の夫様からの緊急のお手紙です。」
「あ、ありがとうございます。あの、せっかくだからお茶はいかが?」
「いえ。お茶はいりませんので今すぐ読んでください。自分はすぐに戻らねばいけませんので。」
ああ、返事をすぐに渡さねばならないくらいの緊急のお手紙なのかと私は合点すると、急いで蝋の封印を割って封を開けた。中に入っている便せんは一枚しかないが、私はそれを取り出して急いで読んで、読んで……。
「いかがされましたか?」
「えっと。返事はしないとだめ?」
「もちろんです。」
私は再び便せんに目を落とした。
――愛するイゾルデ。
君と約束した秘密の時間が奪われてしまった。
俺は徹夜仕事だという事だ。
今日は真実の愛に導くための百の方法の三十八ページを読んで、
俺のいない間、俺のことを考えて君自身を慰めていて欲しい。――
「え、え、えええ!」
「あはは、真っ赤になっちゃって。本当は何が書いてあるか知りたいだけですから、返事はいいですから教えていただけます?」
「もう!あなたも意外と癖のある方でしたのね。ええ、了解しましたと伝えて置いてくださる?」
アダン中尉は私の顔が真っ赤になっている事に満足したような表情をすると、再び私に敬礼をした。
「かしこまりました。では、抱き枕用にクマのぬいぐるみが欲しいとご所望でして、頂いてもよろしいでしょうか?」
どうしてルルはご所望なのよ!
駄目だと言ってしまいたいが、渡さなくとも勝手についていくクマだろう。
私は正妻として懐の大きなところを見せようと思った。
「待っていらして。」
足元にいた。
無表情のクマだが、なんだか勝利感に溢れて見えるのは何故だろう。
私は足元にいた幽霊ぬいぐるみを抱き上げると、アダン中尉に手渡した。
「お気に召したらあなたの子にしてもよろしいのよ。」
「それは、あなたからのお誘いですか?」
「はい?」
「このクマはあなたが抱きしめて寝ているクマなのでしょう。それを私こそが貰っていいなどと、誘いとしか。」
「ち、違いますわ。このクマを最初から今まで抱いて寝ているのは少佐だけですの。だ、だからいらないかなって。」
アダン中尉は吹き出しそうなところを堪えると、真っ赤な顔のまま私に頭だけ下げた。その後すぐに彼はくるっと体の向きを変えると、クマのぬいぐるみを抱いて我が家の門の外へと走って行った。彼の姿が消えるや、我が家の前を鹿毛の馬でアダン中尉が駆け抜けていく姿を見送ることとなった。
「まあ、クマを抱きながらあんなに上手に馬を操るなんて、凄い方ね。」
「お嬢様、よろしいのですか?あんなことをおっしゃったら、少佐様は今日から揶揄われる身の上ですよ。」
「揶揄われるだけで済むならいい話でしょう。だってあれ、みんな忘れていますけど、呪いのお人形じゃないの。」
「そうですね。どなたかに貰われるとよろしいですね。」
「ええ。デビュタントのドレスも作ってあげたから、次はウェディングドレスも作ってあげようかしら。お輿入れできるように。」
ベラードは笑いながら玄関のドアを閉めた。
私は取りあえずダンベールの部屋に行って、真実の愛に導くための百の方法の三十八ページを確かめようと早足で向かっていた。
そうよ、あの幽霊がいない間に確認するのよ!
あの本はダンベールのベッドのサイドテーブルに乗っているはず。
はたして、その本はあり、私は三十八ページを簡単に開く事が出来た。
そこには、赤く華奢なリボンのついた指輪と小さなカードが挟まっていた。
細いリングの天辺に、小さな赤いルビーがちょこんとついた指輪だ。
私はドキドキしながらその指輪を左手の薬指に嵌めた。
「ああ、ぴったり。」
嬉しさに涙で世界がぼやけてしまうくらいだが、私は小さなカードも取り出して彼の手紙で言って来た通りにしっかりと読んだ。
「君は俺の大事なアレキサンドライトだ。」
私はベッドから飛び降りると、急いで窓際へと走りカーテンを大きく開けた。
窓も開けて私は指輪を嵌めている手を外に突き出した。
夕焼けの出来かけている空であっても、まだ青い空が少しだけ残っているからか、私の指輪の石は赤から緑色に変化して輝いた。
「ああ!アレキサンドライト!アレキサンドライトだわ!あなたは私を宝石だと言ってくれるのね!」
私は両目が零れるぐらいに涙を流していた。
老け顔の不細工だなんて、私はもう、自分を決して思わない。
あなたが宝石だと言ってくれるのだもの!




