四十二 犯人は君だ
久しぶりに会ったベネディクトは頭が痛いようであった。
彼は寝不足か二日酔いなのか、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
俺が新兵を鍛えている練兵場にベネディクトの秘書ともいえる侍従が俺を呼びに来て、俺が彼の執務室に入ってみれば彼はこの状態なのである。
午前中に不在だった事と関係があるのだろうか。
あるいは。
俺は新たに近衛に召し上げられた、というか貴族のお父様達に金で近衛に押し込まれたばかりの外見は良いがひょろひょろな数名を思い返した。
鍛え上げられていない肉体は近衛の制服で隠せるが、同様に鍛えられていない脳みそでは行事の行程が覚えられそうも無いと心配な数名だ。
「新兵でしたらご安心ください。パレードは優秀な馬が頑張ってくれます。」
「違う。」
「どうしましたか?」
ベネディクトは執務机に置いてあった新聞を俺に向かって突き出し、さらに歪めた視線だけで、手に取って読め、というそぶりをした。
「珍しいですね、あなたがそんな金髪野郎みたいな仕草をするとは。」
俺は新聞を受け取って開くと、ブリュッセン公爵の訃報が載っていた。
「あれ、死んだんですか?数日前は元気でしたよ。」
ごつんと音がしたのは、ベネディクトが頭を机にぶつけたからだ。
「何をなさっているのですか?」
「いや。考え浅かった自分を軽く責めただけだ。まさかここまで君がするとは思わないでしょう?」
「え?何のことですか?」
「君でしょう。公爵は首の骨を折って死んでいたのですよ!」
「え、新聞には病死って。」
「殺人事件とは公表できないでしょう。犯人も不明なのですから。」
「うわ。何と!じゃあ、やっとけば良かったのか。次にムカつく偉い奴がいたら積極的にやりに行こう。」
「私も君を積極的に絞首台に乗せましょうか。」
「無罪の可愛い俺を?」
「無罪はわかりましたが、可愛いと自分を言った時点で銃殺したい気持ちが芽生えましたよ。一般人の店を脅すってどういうことですか!」
これまた珍しくベネディクトは感情を露わにして机を叩いた。
「たまには抜いたらどうです。」
「君にはそれしかないの!そんな浅い考えだから、君は感情任せでそんな浅い事をするのですね!」
「いやあ、婚約者とその友人達が詐欺にあったものですからね。俺の守備範囲の奴らに手を出して済むと思っているのかと、軽ーく説教をね、しただけですよ。」
「どう脅したのですか?リンドバーグ侯爵からの苦情があったぐらいの説教とは、君は何をしたのだね?」
「リンドバーグ侯爵?クラリッサ侯爵令嬢って小煩いガキがあの店に、……ああ!リンドバーグの娘でしたか。すると、娘が父親の愛人とつるんでいるのか。いや、よく似ていたから、あのばあさんが本物の母親なのかな。」
「はあ。そのことは一切他言無用だ。君はどうしてそういう所は目敏いの。イゾルデ嬢に関しては全く何にも考えていなかった癖に!」
「イゾルデは特別ですからね。あなた!伯爵令嬢と知っての所業ですの!って、可愛い事を言ったんですよ!」
「それを聞いといて手を出したって、どれだけ鬼畜ですか!もういい、それはいいから、一体マダムパニュアンの店で何をしたの。」
「普通に返金願いですよ。店のお針子が勝手にした事だろうが、そのお針子を雇った店主の責任だ。腹を掻っ捌いて詫びるのが筋だろう、とね。それだけですよ。」
「ほかには?」
ベネディクトは時々しつこくなる。
彼は俺をじとっと睨み、再び口を開いた。
「ほかには?」
「仮縫いで姿を現した数人の女の子達が全部お揃いですね、と大声で言ってやっただけですよ。同じドレスに造花とレースとリボンの位置を変えるだけで高い金を稼げるなんて、ドレスデザインって楽なお仕事なんですねぇってね。」
「そう。わかった。……そういう店だったんだね。」
「ええ。詐欺に気が付いたイゾルデの友人達は、言いがかりの迷惑代を引いた上での返金という可哀想な目に遭っていましたから、ちょっと仕返しをね。」
「わかった。それで、ブリュッセン公爵には誰と会ったの?」
ベネディクトは俺を真っ直ぐに見つめ、俺も彼をまっすぐに見つめた。
「一人で、ですよ。」
「君の身元は今晩拘束する。」
「ええ!どうして!」
「君が第一容疑者で、次の殺害予告が今晩なの。君が拘束下にある時に殺人事件が起きれば身の潔白を証明できるでしょう。」
ベネディクトは俺を守るための処置だと言い切ったが、俺の身の潔白の為には殺害予告の人の命が失われても良いと言ってるも同然だった。
「参考までに教えていただけますか?次は誰が殺される予定なのです?」
「オーブリー。」
第四王子、ベネディクトの弟だった。
「納得です。イゾルデを心配させたくないので、彼女に手紙を出す事を許していただけますか?」
「殊勝だな。」
「はい。今日は秘密の時間が持てないって教えてあげないと。」
「ああ、さすが!これなら君がオーブリーの身代わりに殺されても、全く罪悪感が湧かないよ!」
「え、オーブリーは見殺しにするのでは?ああ!身内に不幸があったら結婚が出来ないか。それなら大丈夫ですよ。棺の蓋を開けなければ一年前の遺体だなんてわかりません。結婚後に葬式をすればいい。」
ベネディクトはどんと大きく机を叩いた。
「聞きましたか、オーブリー。お前の振る舞いでお前はこう思われているのです。死にたくなければもう少し自分を見直しなさい!」
執務机の影から第四王子が立ち上がり、彼は大きく鼻を啜った。
「あなたには間抜けにしか見えなくとも、私の大事な弟です。あなたは今夜オーブリーの身代わりとして、オーブリーの部屋で寝てもらいます。」
「部屋を変えることこそ危険なのでは無いのですか?」
「公爵は厳重に鍵をかけられた部屋の中でこと切れていました。密室です。オーブリーは私の部屋に入れて、私と一晩明かす予定です。」
「お手紙をもう一通書いていいですか?」
「イレネーですか?」
「いいえ。俺の呪いのお人形さんに。守ってね、って。」
「本当に節操のない男ですね!」




