四十一 秘密の時間はどこで作るの?
秘密の時間。
秘密の時間。
彼を見送ってから今まで、私の頭はこの言葉だけが鳴り響いていた。
なんて、嫌らしい。
船の中ではどうやってダンベールを撥ね退けようか考えていた私が、家の中を歩くだけで、彼が私を誘い込むのはどこだろうかと考え、そこかしこで自分と彼が抱き合っている情景を夢想してしまうのである。
「ああ、嫌らしい。」
私は彼の部屋にとうとう入っていた。
ジョゼフィーヌの部屋と言われていた呪いの部屋は、あら、まあ、いつのまにか男性的ともいえる部屋に変化していた。
変化と言っても、椅子の背には彼が脱いだままのバスローブがかけられて、サイドテーブルには蒸留酒とグラスに水差し、長椅子には黒っぽい背表紙の本が数冊重なっている、それだけなのだが、ここは彼の部屋となっていた。
ムスクとシトラスの混じったような香りが鼻をくすぐった。
「彼の匂いだわ。だからかしらね。」
長椅子にまで歩いてダンベールが重ねていた本の題名を読むと、意外にも父や兄が読んでいそうな難しいものばかりだった。
「どうしてこっちの本を部屋の外で読まないのよ!」
ダンスホールでダンベールが読んでいた本を、彼が席を外した隙に悪戯心でみんなで覗いてみたのだが、私達はきゃあと叫びながらも本から目を離せなくなってしまうぐらいに厭らしいものだった。
愛を知るための四十八の奥儀、や、真実の愛に導くための百の方法、などという本は、男と女のいやらしい行為についてばかりが書かれている本だったのだ。
でも、ダンベール一人を責めることは出来ない。
あの本はもともと我が家の図書室にあったものだ。
「全くもう!あなたはシャロン達の夢を壊してしまったわよ。うーん、多分?いえ、すっごく興味を持った目で読んでいたから、違うのかしら。」
少し不安になりかけた時、本の脇から蛇がするっと飛び出して床に落ちた。
「きゃあ!」
怖々見ればそれは一本のネクタイであった。
私は大きく安堵の息を吐き出すと、長椅子の下に落ちたネクタイを取り上げ、軽く埃を叩いて長椅子の背に掛けた。
「それで縛ってやったら面白いかもしれませんわよ。」
私は声がした方に体ごとぐるっと向けた。
ダンベールのベッドには私によく似た女性が座っていた。
「も、もしかして。ルリファ、さん?なのかしら?」
似ているのに悔しいが私よりも格段に美しい彼女は、口元にうっとりとするような笑み形どった。
彼女の着ているドレスは青い小花柄という人形が着ているものと同じで、赤みがかった焦げ茶色の髪の毛には青いリボンが結ばれている。
「あ、あなたは幽霊なのを良い事に!ダンベールを誘惑して!」
幽霊はクスクスと笑い声を立てると、そのまますっと姿を消した。
「もう!憎たらしい。ダンベールは私の恋人なんですからね!」
私は消えてしまった幽霊に叫ぶと、幽霊が勧めてくれたネクタイをひょいっと長椅子の背から取り上げた。
「べ、別に、アドバイスだと思っていないのだから。そうよ、あなたがそんなことをダンベールにする前にわたくしがするってだけよ!」
スカートのポケットにネクタイをねじ込むと、私は自分の部屋に駆け戻った。
気が付けば私は、小物箱から彼を縛るのに使えそうなリボンを色々物色していた。途中で私は何をしているのだろうと情けなくなったが、リボンが絡まるダンベールのイメージがどんどんと強くなって、それが見たいと思ってしまうのだから仕方が無い。
「ああ、わたくしっていやらしい変態になってしまった。」
でも、船で私を裸にしてはいやらしい下着を着せようとしたダンベールと、私は同じことをしているなとも気が付いた。
「結局、似た者同士?」
―――
「あら、イゾルデ。あなたは何をなさっているの?」
「ああ、シャロン。この子も偶には髪形を変えたいでしょう。ダンベールの玩具になったせいで髪の毛もぼさぼさにされちゃったし。整えてあげているの。」
ダンスホールのドレス製作現場にいる全員には笑われ、アデールが私を揶揄って来た。
「その子はダンベール様の浮気相手ではなかったの?よろしいの?」
「いいのよ。敵を作るよりも仲良くした方が良いって言うじゃないの。」
もっと笑われた。
お人形に張り合ってどうするのって。
秘密の時間を邪魔されたくないから、という真実は言えないから、私はニコニコ笑って肩をすくめて見せるにとどめた。




