四十 休暇明けの出勤前
俺は天国から引き戻される。
休暇の終了だ。
俺は今日から朝から夜まで王宮で働き、夜から朝まで働かされる境遇に陥るのである。
ああ、初めてだ。
一週間以上の休暇を貰っておいて、ぜんぜん体の開放が出来なかったのは!
しかし、惚れた女が泣くのも可哀想だと、俺は拷問のような日々も過ごしていたのだ。俺はここ数日俺を支えてくれた女を抱き上げた。
「ルル。俺は仕事なんだ。絶対に君の元に帰ってくるからね、いい子で俺を待っているんだよ。」
「あなた!どうしてわたくしではなくてジョゼフィーヌに言うのです!」
イゾルデが頬をぷんすか膨らませて俺を睨みつけて来た。
頬をピンクに染めて俺を怒る顔は可愛らしいことこの上なく、俺は膨らんだ彼女の頬を右手の人差し指で突いた。
「君はいい子で待っているが、ルルは言い聞かせとかないとついてくるからに決まっているでしょう!」
添えた指先感じる柔らかな感触に、俺は指を開いてしまった。
俺の四本の指先は開いていく時に彼女の頬をゆっくりとなぞり、俺の指先の動きを感じた彼女は静電気を受けた様に可愛らしくビリっとしてくれた。
俺の右の手の平は完全に彼女の頬にあてがわれ、俺は彼女の顔を俺の唇を受けさせるためにゆっくりと上を向かせた。
ダークグリーンの瞳は深い森の様に俺を誘う。
「だ、ダンベール。」
「しっ。行ってらっしゃいのキスをして。」
「では、ちゃんとしたキスをして!」
俺は彼女の唇に唇を重ねるところで吹き出してしまった。
そこで、チュッと、彼女の唇にキスをした後に彼女の額にもキスをした。
それから、彼女の耳元に囁いた。
「今日の夜こそ秘密の時間を持とう。」
「は、はふ。ま、まま、まっています。あなたのお帰りを待っていますわ!」
イゾルデは俺をこの上ない騎士だという顔で見上げている。
まるで、俺の母が父にしたように。
戦死した父の報で全ての気力を失い、生まれたばかりの弟の世話まで放棄した、父にとっての女でしかなかった人。
「ええと。私もあなたがお帰りになるまで色々とやることをやりますわ。」
「――イゾルデ?……俺を待つだけじゃないの?」
イゾルデはてへと照れた風に笑った。
「だって、おっしゃったじゃないですか。あなたが亡くなったらあなたを忘れろって。それは私にあなたがいなくても色々と楽しい事をして生きなさいって事でしょう。だ、だから、何時だって私はあなたを待っているけど、待っている間、好きな事をいっぱいしていようと思うの。だから、ええと、きゃああ!」
俺はイゾルデを抱き締めて、ああ、抱きしめていた。
「ダンベール?」
「いいよ。君は俺だけで。君だけは俺だけを想い続けてくれていい。君は悲しさにかまけて赤ん坊を餓死させる女にはならない。」
「ダンベール?お金持ちに貰われた、お、おとうとさん、って。」
「キングオブキングだったら大金持ちでしょう。天国の神様のところにいるよ。」
俺の告白にイゾルデは大きな目に涙をいっぱいにためて俺を見上げ、だが、彼女は泣くのではなく挑むような目つきに変わった。
イゾルデ?
彼女は両腕を伸ばして俺の頭を掴んだ。
可哀想な男にキスをしてくれるのか?
俺は彼女の腕の成すがままにしてみた。
「ぷ!」
子供のように彼女の胸に顔を押し付けられるとは思っていなかった。
彼女は母親の様に俺を抱き締めている。
身を屈まされてのこの姿勢は、俺的には少し辛いが顔に胸が押し付けられる感触は絶対に堪能したいと思う極楽だ。彼女の柔らかい胸を堪能できているのに、今の俺にぴくりとも性的な反応が起きないのは情けないが、そう、今の俺にはキスよりも胸の温かみの方を求めているのかもしれないからこれでいいのだ。
「ぜったいに。ぜったいに私は幸せでいる。あなたを愛したからこそいつも幸せだって世界中に言いふらして生きるから。あなたの子供だって、生まれた子は全部、ぜんっぶ、絶対に育て上げるわ!」
「最高だ。」
俺はようやく身を起こすと、イゾルデに攻撃を仕掛けた。
深い、俺にしか出来ないキスで、彼女の唇を蹂躙したのだ。
君は今日、俺だけを考えて、何もしないで俺だけを待っているんだ。




