三十八 乙女たちに縋られたのなら
「ええ?シャロン達が?今すぐに入って頂いて!」
「あ、じゃあ俺は部屋をで、……。」
俺は逃げ出すのが一足遅かった。
イゾルデの友人達が居間に飛び込んでくる方が早かったのだ。
彼女達は泣いていたはずなのに、白シャツにグレーのスラックスという適当な姿の俺を見るや、一斉にキャーと甲高い悲鳴を上げた。
俺はクマで自分を隠すようにして抱き直した。
イゾルデは慣れてしまって何も言わないが、こんな気楽な格好で淑女の前に出るのは破廉恥極まりないものであったのだ。
「まああ!少佐様だわ!少佐様ですわ!私、アデールと申します!」
俺の脇で猫みたいな可愛い顔をした女の子がぴょんぴょんと跳ね始めたが、好かれて嬉しいというよりも、初対面の男に紹介なく自己紹介して良いのだろうか?と親のような気持ちになった。
「きゃあ!クマさんを抱いていらっしゃる!ああ、クマさんになりたいわ!あら、ごめんあそばせね。これはイゾルデの気持ちです。ええ、イゾルデの気持ちが出たのですわ。抱き締められたいって。」
「もう!エマったら!」
イゾルデが顔を真っ赤にして友人に怒って見せたが、その後に彼女がちらっと俺に向けた目は、聞き流してちょうだい、と語っていた。
ごめん。
君に何日も触れていないから、エマという美少女の言葉に俺の心がぐらっと来たのは事実だ。ああ、君を押し倒したいってね。
「うそうそ!ああ、心臓が止まりそうよ。私は夢を見ているのかしら!」
少し芝居がかった感じでよろめいた少女がいた。
俺は少々ウンザリしながら彼女の背中に軽く手を添えて支えた。
「君、大丈夫かな?」
「シャロンです。」
「ああ、大丈夫そうだね。」
「ああ!夢ならば覚めないで!だってわたくしたちはデビューなど出来ない身の上なのですもの!」
シャロンは大げさな演技で叫び出したが、彼女の台詞は先日までのイゾルデの嘆きを思い出して少し気分が悪くなった。
イゾルデはかなり傷ついて落ち込んでいたのである。
しかし、俺がシャロンから腕を引くよりも、エマとアデールがシャロンを引っ張って立たせ直した方が早かった。
「お泣きにならないで、シャロン。騙された私達が馬鹿だったのですわ。」
エマという子まで芝居を始めたじゃないか!
「エマ!シャロン!どうして私達は無力なのでしょうね!」
えええ?
これが女の子の遊びなのか?
俺は小娘の思考回路の意味がわからないとクマを抱き直し、俺が理解しているはずのイゾルデを見返した。
うわ!イゾルデも両手の指を組んで、この小芝居に参加しそうな雰囲気だ。
「一体何ごとなの!」
ちくしょう!
とりあえず、彼女達をソファに座らせることにした。
少女達の目元は嘘ではなく泣いていたのは確実な腫れ方もしていたからだ。
三人掛けのソファにはシャロンを真ん中に、俺から見て右にアデール、左にエマが座り、俺の右斜めの一人掛けソファにはイゾルデが座った。
彼女は友人達が心配で堪らない、という顔をしているし、イゾルデを隣に置いたら俺が悪戯してしまいそうなので、俺の左隣となる一人掛けソファにはクマを座らせた。
さて、シャロン達が語った事によると、彼女達のドレスデザインがマダムパニュアンでは無かったという事だ。
それを彼女達が知ることになったのは、クラリッサという娘がマダムパニュアンにかけた会話だという。
「あの人達、あなたに一度も声をかけて貰っていないのに、あなたのデザインの服が着れると思っているなんて、なんてお花畑何でしょう。」
クラリッサの隣でお針子と最終の打ち合わせをしていた三人は衝立を倒し、マダムパニュアンに食って掛かったらしい。
しかし、聞いた言っていないの水掛け論になるのは必然で、場数を踏んでいるマダムパニュアンにシャロン達の方が言い負かされるだけの結果となった。
「勝手に人の店に居座って、私を侮辱とはどういうおつもり?私と契約したと言い張るのであれば、その書類、今すぐに出して頂きましょうか?」
「そうよ、契約書はどうしたの?って、ああ。やられた。マダムパニュアンのお店の印刷がある用紙にわたくしがサインした後にお店の奥に持って行って、サインを頂きましたってやったわね。」
イゾルデは大きく溜息を吐いて、彼女も頭をがっくり下げた。
俺はイゾルデが友人とお揃いのドレスが着れると喜んでいたこの二日を見ているので、そのマダムパニュアンには無性に腹が立った。
「ひどいな。こんな幼気な子達の夢を破る行為をするなんて。」
うわ!
イゾルデはわかるが、三人までも俺を見つめる目にハートが浮かんでいるのはどういうことだ。
「そ、それで、その後はどうしたの、かな?」
シャロンが続きを語った所によると、今回の事はお針子の一人が勝手に受注して、勝手に縫ったものだという事に勝手に決められたのだという。
「ひどいわ!わたくし達に二度とマダムパニュアンの名前を言わないで欲しいとまで言われたの。ええ、お金は返して頂きましたけどね、勝手に使用した店のシルク代などは頂きますって。こっちも被害者ですからって。」
「まあ!そんな事を言われてお店から追い払われたって言うの?あなた方が?嘘でしょう。なんて酷い!」
イゾルデが友人が受けた仕打ちに憤慨すると、アデールがテーブルに上半身を突っ伏した。
「ああ、嘘だったらどんなにいいか。ああ、お母様たちになんて説明したらいいのかしら。マダムパニュアンじゃないと嫌って言って、ドレス代をかなり奮発していただいたのに、ドレスは未完成、お金も殆ど帰って来ない。ああ!死んでしまうしか無い気持ちよ!皆さん、本当にごめんなさい。」
「まあ!アデール。お顔を上げて。あなたがマダムパニュアンの名を出さなくとも、絶対に、私達はマダムパニュアンでドレスを作ることに決めた筈よ。だって、首都で一番のお店だと評判だったのだもの。」
優しいイゾルデは友人を責めずに慰めの言葉しかかけなかったが、責められない事こそ辛いのか、アデールはさらに大声の泣き声を上げ始めてしまった。
「どうしたの?アデール。」
「だって、あなたのお金は一銭も返して貰えなかったのよ。それに、作りかけのドレスだって。せめて途中でもドレスがあれば、自分で縫い直したりも出来たというのに!」
イゾルデはオロオロしてしまったが、彼女が自分のお金が戻らないことを知ってのオロオロではない事を俺は知っている。彼女が動揺しているのは、罪悪感を抱えた友人達の気持ちをどうやって慰めたら良いか分からない、というだけであるのだ。
彼女のお金が戻らないという事は、彼女こそデビューのドレスが作れない。
俺は彼女達、いや、イゾルデを助ける方法を考えた。
「ねえ、君達はさ、縫い直したりって言っていたけど、裁縫が得意なの?」
おや、イゾルデも含んだ乙女たち全員が、夢の王子に向けるような目で俺を一斉に見返してきた。
突っ伏していたアデールさえも。
期待されていると一目でわかる視線は気持ちが良く、服屋一軒ぐらい粉々にしてもいいような気持ちになっていた。
「じゃあね、縫いかけのドレスは一先ず奪還して来る。イゾルデのお金も勿論回収して来るよ。で、君達に俺はこんなドレスを着て欲しいんだけど、いいかな。」
俺は自分が描いたデザイン画をシャロンに手渡した。
うわお!
シャロンの手の中の俺の絵を、彼女達は夢中になって見入っている。
「す、素敵だわ。ちょっと痩せなきゃって思うけど。」
「あら、エマは太っていないわよ。あらあら、私はどうしてあんなゴテゴテしいドレスが素敵だって思ったのかしら。」
「ねえねえ、シャロン、エマ、このオーバードレスはなにかしら?」
俺は理想のドレスをイゾルデに着せられそうだと確信した。
「ドレスの概要はイゾルデに聞いて。どうしてそのデザインにしたのか理由もね。そんなゴテゴテドレスでデビューしたら、ハハハ、忘れられない思い出になってしまったかもしれないって笑顔になれるよ。」
では、俺は暗躍して来るか。
王子に金髪にと、いい所を取られ過ぎだ。




