三十七 幸せと不幸は交互にやってくる
世界は勝手に好転していった。
きっとすべて有能でお優しいベネディクト第二王子様のお力によるものだろう。
まず、ダンベールの下宿が決まった翌々日の新聞に、私の結婚式の日取り付きの正式な婚約発表が社交欄に載った。
その同日の新聞には、王宮の近衛兵達の宿舎の改修工事が始まったとの記事もある。部屋の雨漏りが一番酷かった副隊長は、休暇を良い事に親友宅に逃げてしまった上に親友の妹と恋に落ちてしまった、という隊員による言葉もその記事には載せられていた。
この二つの新聞の記事だけで、ダンベールの我が家への下宿の言い訳も、私と彼の馴れ初めの説明も済む、という素晴らしき結果を導いた王子には感謝してもしきれない。
また、読みたくもなかったが、とある伯爵令嬢の名を騙った詐欺師に騙された公爵の話が同じ日の新聞の隅に載っていた。そこには、恋をして騙された自分こそ許しがたいが、真っ当な令嬢の名を騙る詐欺師は許せない、という公爵本人の言葉も書かれていた。
私はこれを公爵からの謝罪なのだと受け取った。
だって、これを読んだ友人達が、誤解をしていてごめんなさいと、私に謝りに来てくれたのである。
そして、一緒にドレスを作ろうとまで誘ってくれた。
私はその日のうちに友人達とマダムパニュアンのお店に行き、友人達とお揃いのドレスの購入の手続きをしたのだ。
私には似合わないドレスだけど、私は彼女達と同じドレスが着れて、同じ日にデビューできる嬉しさで一杯だった。
「おお!可愛いドレスだ。小便臭い小娘にはよく似合うデザインだね。」
居間のソファに座ってデザイン画をニヤニヤ見つめていた私の耳元に、憎たらしい人の言葉が掛かった。
ああ、違う。
愛しい人からの憎たらしい言葉だ。
「いいの!社交界デビューはこんなものなの。」
「おや、ドレスデザインを変えてと王子様に頼みたいって言っていた、あの健気な美女はどこに行ったのだろう。」
「え、えと、その。」
船での私の言葉を覚えていてくれたなんてと、私はそれだけで耳までかっと熱くなってしまった。
「真っ赤な耳を齧ってしまいたい。いや、我慢だね。俺の評判に関わりそうなぐらい、みっともないドレスを着たいと言い張る女に俺が溺れて良い訳がない。」
「な!み、みっともないって!」
ダンベールは私の横に座ってくると、私からデザイン画を奪い、勝手に鉛筆で何かをデザインの横に書き込み始めた。
「何をなさっているの?」
まあ、隣のドレスの絵よりも上手な絵を描き始めている。
「いらないものの排除。まず、この上半身のゴテゴテしい飾りやビラビラのレースはいらない。」
彼の描いたドレスはすっきりとして、だからこそ上半身の細さやラインが良く見えるのではないかと思える形をしていた。
「ええ、ええ。そのとおりね。」
「それから、こんなにドレスは膨らませない方がいいよ。」
「どうして?」
「デビューは君達女の子だけじゃないんだ。寄宿舎出たてのイカ臭いニキビ面の男の子ちゃん達もいるんだよ。初めてのダンスの相手はこいつらだろ。膨らませすぎた長いドレスは、奴らに裾を踏まれるかリードの手が間に合わなくて転ばされるだけだぞ。」
説明しながら彼が描いたドレスのスカート部は、彼が自分で言った言葉をその通りにしたように、私達が予定していたものの半分くらいの膨らみとなっていた上に裾は靴が出そうなほどに短くなっていた。その代りなのか、何かひらっとしたドレスよりも長いものが重なっている。
「ねえ、ドレスのスカート部にひらっとしたものが重ねられているようですけど、これは一体何かしら?」
「ああ、ドレスの長さも決まっているんだろ。だけど、その長さは危険だから少し短めにして、その代わりに俺のベッドの天蓋みたいな布で覆ったらどうだろうってね。透明なレースでもいい。ターンをするときに、ふわっと広がる感じにしたら可愛いと思うよ。」
「まあ!想像するだけでも素敵だわ。ええ。わたくしはこのドレスがとっても素敵だと思う。でも、どうしてそんなにお詳しいの?」
「俺が王宮の警護をする人だって忘れた?ダンスホールの見回りも仕事のうちですからね。ああ、何度もダンスで転んじゃった可哀想な女の子も見たし、そんな子が出たら助けるためにね、王子とホールに出てさ、踊らされてもいたんだよ。」
私はダンベールの手からデザイン画を取り上げた。
「おや、他の子を助けた話で焼き餅を焼いちゃった?」
「いいえ!ダンスして下さらない?わたくしはあなたとダンスがしたいの!」
デザイン画が無くなった彼の両手に、私は自分の両手をぱちんと叩きつける感じで置いた。
そうよ!
ダンスならば彼と思う存分に手を繋げるし、密着できるじゃないの!
ダンベールは私の気持ちをすぐに理解してくれて、私の両手を大きな手で包むようにぎゅうっと握り返してくれた。
私を見つめる黒曜石の瞳は、なんて煌いていて美しいのだろう。
「では、ダンスホールに行こうか?」
「ええ!ええ!」
ところが、私達は呪われていた。
私と彼の手を繋ぎ合ってできた空間、主に彼の膝の上にだが、大きなクマぬいぐるみが出現したことではない。
こんなことにはもう慣れた。
私達が手を放して離れなければいけない事態、我が家の玄関を半泣き状態の友人達が押しかけて来たと執事が言いに来たのである。




