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三十四 してはいけないが幽霊さんとならば

 俺は伯爵家の同居婿の立場から、下宿している居候に鞍替えさせられた。

 でも婚約者、腐っているが婚約者だ。

 イゾルデと同じ屋根の下にいるのであるからして、彼女を俺好みに育てる時間も手に入れられたのだから幸運だと見て良いのかもしれない。


「いいかな。俺は君の膝に手を置いた。その手はゆっくりと君の太ももへと探るように撫でるようにして進んでいくんだ。さあ、想像して。」


「はあ!」


 隙を見てイゾルデの耳元に囁いただけだが、彼女はそれだけで俺を想像し、感じてしまった溜息まで吐き出したのである。

 彼女の吐息に俺こそどこかを奮い立たされただけでなく、腰のあたりにビリっとした感触までも感じた様な気もした。


 つまり、俺達は言葉と想像だけで性感を共感したのだ。


 半分冗談だったのだが以外にも収穫があったので、俺はこれを今後も繰り返していこうと考えた。

 気持ち的には目の前にあるものなんでも食べたいウシガエルだ。

 ウシガエルになってもいいだろう。

 俺は呪われているのだ。


 俺は自分の部屋を見回した。

 今は何もいない。


「よし。何もいないうちに俺は寝る。朝まで何もなかったで寝る。」


 布団に潜り込み目を瞑った。

 体を横にしている俺の額に冷たい硬質なものがこつんと当り、背中にはふわふわなものが添えられた感触を受けた。

 目を空けてはいけないと思うのに、人は何故頭で考えたのと違う行動を取ってしまうのだろう。

 俺は人形と顔を見合わせている!


「無理だ!畜生!」


 俺は枕を抱き締めるとベッドから飛び出し、その姿のまま俺の助けになる人物の部屋へと飛び込んでいた。


「貴様、なぜ私の部屋に来た。」


 金髪は俺を眇め見た。

 金髪の部屋はサロンがあって奥にベッドルームがあるという続き部屋であるらしく、俺はそれは少し羨ましくなっていた。

 いや、この部屋の造りに感謝するべきか。

 俺はこれから家族となるはずの男に笑顔を作っていた。


「君と話したいことがあったからかな。」


「寝巻姿で枕抱えた人間が何を話すというんだ!」


「そこだよ、そこ。俺は寝るから、俺が幽霊に襲われかけたら助けてくれ。怖い夢を見てうんうん唸っていたら起こしてくれてもいい。」


 話は済んだと、俺はサロンにある長椅子に横になった。


「貴様!誰が許可した、って、うわ!」


 イレネーは宙に浮くぬいぐるみの出現に声を上げた。

 すぐにパッと消えたが、俺の心臓だってドキドキだ。

 イレネーが自分のサロンから自分の寝室へと飛び込み、扉どころか内鍵まで駆けて俺を拒絶しやがったことを許すべきだろう。

 俺は仰向けだった体をぐるんとうつ伏せに回転させ、自分の情けなくも哀れな身の上を嘆いて枕に顔を埋めた。


「どいつもこいつも臆病者ばかりだ。可哀想な俺の手を握ってくれるやつはいないのか!」


「握ってあげても良くってよ。」


 俺は枕から顔を上げた。

 腰を落として長椅子に横になる俺を見つめていたらしきイゾルデが、俺の視線を受けるや恥ずかしそうにポッと頬を赤らめた。


「こら、俺と触れ合うのは駄目でしょう。」


「お話だけならいいでしょう。兄もすぐそこにいるのだし。」


 俺は首を伸ばしてイゾルデの耳元に口を寄せた。

 そして彼女の右耳に吐息が掛かるようにして、彼女が少しでも喜ぶように出来うる限り擦れた甘い声を出した。


「君の耳を舐めたいって、お兄さんに聞かれても良いの?」


「まあ。」


「まずは耳たぶをそっと舐める。舌だけで耳たぶを俺の唇に動かして、その柔らかな君の耳たぶを齧りたい。」


「はあ!」


 俺達は結局は触れ合った。

 手と手、指と指を絡ませ、互いに互いの指に一本ずつのキスを交互にし合ったのだ。彼女の指にちゅっと口づけて彼女を見つめ、彼女は俺にどぎまぎしている表情を浮かべながら怖々と俺の指先をキスを返す。俺達は十本すべての互いの指にキスを与え、俺達の指先はほんのりとふわふわとした感触を帯びていた。

 心も浮き立つようなふわふわだ。


「ああ、素敵。殿方に愛されるってこんな感じなのね。」


「え?」


 ごとん。

 イゾルデだったはずの恋人は俺の目の前から消え、イゾルデがいた筈の床にはビスクドールが転がっていた。

 俺はお人形さん遊びをしていたのか!


――殿方に愛されるってこんな感じなのね。


 幽霊の言葉を急に思い出して、横になったままの俺はくすくすと笑いが自然に漏れていた。


「そうかあ。俺が昇天させてやればいいのか。イゾルデにできないことをあの幽霊にしても良いのかな。可愛い女の子だ。」


 床の人形を抱き上げようと再び床を見れば、人形のあった形跡など無い。


「うーん。実はもう昇天して成仏したのかな?」


「何が成仏したの?」


 俺は戸口に立つイゾルデに微笑んでいた。

 もう怖くはない。

 俺は彼女に両腕を広げた。


「可哀想な俺を温めてくれ。」


 彼女は俺ににっこりと、勃つべきものが勃たなくなるぐらいの純粋無垢な笑顔を俺に向けると、本気で幼児のようにして俺の方へと駆けて来た。

 俺は彼女が来るや抱き締め、そのまま俺の股の部分を跨ぐようにして座らせ、それからゆっくりと長椅子に俺だけが横になった。

 仰向けで腰の上にイゾルデを乗せた形だからこそ、横になったのは俺一人だ。

 彼女は乗馬しているように俺を跨いでおり、俺はその感覚が楽しいからと腰を少し動かした。


「きゃあ!」


「こらこら、馬から落ちないように頑張って。俺は君のお馬さんだよ。」


「えと、ダンベールったら、駄目よ。」


「ダメじゃないよ。」


 俺の指先は彼女の左膝をくすぐり、彼女はその感触にハフっと息を呑んだ。


「ああ、いけない。ああ!あなたに囁かれてから感じてみたいなんて思っていたから、ああ、いけない。どうしよう。これじゃ約束を破っちゃう!」


 俺は今回こそイゾルデだという事情を読むと、やっぱり俺が呪われているのだと噛みしめた。

 そう、これは呪われてるのだから、俺が混乱しているだけだ。

 俺の腰の上に乗っている女が、本物のイゾルデかまたはお人形さんが化けたイゾルデなのか見分けられなければ、俺の心の平安は戻って来ないからしちゃいましたを通すのだ!


 方針が決まったので、俺は彼女の膝をくすぐっていた右手を、もともともっと触りたかった太ももにまでツーという感じに動かした。

 彼女はガウンを纏ってはいるが、下は寝間着姿だ。

 上半身は寝間着を脱げば完全に裸で、下半身はドロワースを履いただけであるだろうという事は、昨夜の探索で俺は知っている。

 俺の指が綿の布を感知しているのだから、彼女はイゾルデだ。


 いいや、俺は人形のスカートを捲って確認したではないか。

 人形もドロワースを履いていたと。


 もう少し探索せねば!


 俺の指はドロワースの木綿の上をとことこと蜘蛛の様に這い上っていった。

 彼女は俺の指の動きに合わせて体をビクビクとビクつかせ、ハアハアと息を次第に上がらせていくことで、俺は確認作業から歯止めが効かなくなった。

 指は腰骨の辺りだ。

 このままドロワースの中に入り込ませて蜜壺を弄るか、上へと動かして彼女の柔らかいが張りのある果実に触れてみるか。


「あ、あの。ダンベール。これはいけないと思うの。」


「どうして?」


「だ、だって、きゃあ!」


 イゾルデは俺の腰の上から転がり落ちた。


「いや!蛇がいた!蛇みたいな何かが私の股を突いた!呪いよ!呪いの化け物がここにいるのだわ!」


 俺は頭から枕を引き出すとそれを抱いて下半身の猛りを隠し、イゾルデが化け物の正体に気が付く前にイゾルデから背を向けた。


「イゾルデ。君は部屋に戻ってくれ。幽霊で混乱している俺は君に対して無体な事をしてしまいそうだ。俺は君と結婚したいのだよ。」


 本気で、したい、と思っている。

 何も知らない乙女は嘘つきな俺の背中にそっと触れ、俺のうなじにキスをすると、びっくりした俺を残してイレネーのサロンから逃げて行った。


「やられた。ああ、やられた。猛って寝られないじゃないか!ああ、今なら幽霊さんコンニチワだよ。幽霊でも俺はできる。」


 しかし、俺の傍には幽霊は来てくれなかった。

 俺はイレネーが隣で寝ている部屋では抜く事も出来ないと、枕を抱え直すと俺専用お化け部屋にすごすごと戻ることにした。


「この先が五か月か。辛いなあ。」

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