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三十 同居一日目の婿(仮)の身の上

「お父様!お母様!そして、お兄ちゃん!素敵な提案をありがとう!俺は休暇中だし、早速同居のお試しをしてみるのはいいかなって、アハハハ、来ちゃった!」


 このくらいの嫌がらせは許されるだろう。

 しかし、誰も俺を怒ってはくれなかった。

 それどころか、俺に朝食の席を作ってくれたのだ。


 完全お一人様席を。


 伯爵家族と離れた場所にそんな悲しいお一人様席を設えたのは、金髪野郎ではなく魔女の方だった。

 金髪は俺に殺気を飛ばしたが俺などいないものとして無視を決め込み、だが、朝刊を開くや席を立ち、どこぞへと消えていったのだ。

 まあ、どこに行ったのかは想像がつくが。


 新聞には俺とイゾルデの婚約発表が載っているのだ。


 アダンに金を持たせて婚約発表を新聞屋に書かせに走らせたら、アダンは逆に特ダネだからと情報料を新聞屋から貰って戻ってきたのである。

 抱かれたい男の婚約ならば、明日の一面トップになるらしいですね、と。

 いやあ、人気者って凄いなあ。


 さて、俺のお一人様席、貴族の家の長ーいテーブルの端と端じゃないだけ良いのかもしれないが、伯爵一家からは一メートルは離れている長ーいテーブルの真ん中に置かれるのは意外と寂しいものであった。

 俺のあまりの侘しい身の上に、イゾルデが泣き出してしまったくらいだ。

 お母様!意地悪だわ!と。

 しかしあの意地悪ババアは、さすがにあの壊れた金髪を育て上げただけあって、娘の嘆願を受け入れるどころかたった一言で諭した。


「節度を忘れたら、それはウシガエル同然よ。」


「お母様。どうしてウシガエルですの?」


「あれは目の前に落ちたもの何でも食べる節操のない蛙なのよ!」


 俺は大人しく卵を突くしかなかった。

 野獣だ野良犬だと侮辱されるのは好きだが、節操のない蛙呼びは嫌だ。

 哺乳類でもないじゃないかと、物凄く嫌だ。

 泣いちゃいそうな朝食の後、魔女は俺に部屋に戻りなさいと微笑んだ。


「そうですね。では、イゾルデ、おいで。」


 イゾルデはいそいそと俺に飛びつきかけたが、魔女はイゾルデの動きを目線だけで制した。


「お母様?」


「わたくし達はお出掛け。女だけでドレスを見に行くの。結婚まで三か月しかないのよ。ドレスに妥協はしたくないでしょう。」


 あ、イゾルデは簡単に丸め込まれた!

 五歳児の様に俺にバイバイと手を振っているじゃないか!


「送ります!危険からあなた方を守るため、俺があなた方を警護して服屋までお連れしますよ!」


「結構ですわ。それよりもあなたにはする事があるでしょう。あなたの荷物は既にお部屋に移しました。ここに居座られるのなら、居座りやすいように自分のお部屋を作りなさいな。」


 認めよう。

 俺は清々しいぐらいに敗北したのだと。

 敗北を噛みしめながら案内された俺の部屋は、北側の一度も使っていなかったらしき少々黴臭い客室であった。

 俺は部屋をぐるりと見回し、まったく貴族というものは、と呟いた。


 広々とした部屋は寒々しいものどころか、少々可愛らしい印象のものだった。

 クリーム色の壁紙には水色のラインが一本横にひかれているだけだが、その白地に水色のラインという所が繊細な紅茶のカップの模様のようでもあった。

 そんな女性的ともいえる部屋には当たり前のように天蓋ベッドがある。

 ダブルサイズのベッドは横だけでなく縦も長いようで、俺は自分の身長を考えずに眠れると喜んだぐらいだ。

 天蓋のカーテンが透明感のある素材である所も良い。


「やることが上品だよなあ。一度も使った事が無い。そここそ良いねえ。俺だけの部屋ってやつだ。シャワールームもトイレも洗面台もある上等な部屋どころか、俺の為に布団も空気もあの朝食時間の間に入れ替えておいてくれたのか。」


 俺は部屋の真ん中に置かれたままの自分の旅行鞄を持つと、作り付けのクローゼットへと歩いて行った。

 クローゼットは寝袋に入った俺が悠々と眠れるぐらいに広いものだった。

 ただし、当り前だが窓もないので、広く奥行きがあるそこはかなり暗く、繊細な貴族様にはお化けが出ると脅せるような印象でもある。

 それでも中から甘くなく清々しい香りがすると思えば、スーツを掛けるためのハンガーには虫よけハーブのサシェがリボンで結ばれていた。虐めるつもりでもギリギリのところでみせる気遣いに、俺は貴族は面倒だと笑っていた。


「小心なのかな。嫌がらせなんてしていないんだからね!という感じか?意味わかんねぇ。それで、最高ホテル並みに全部用意されているのに鞄が開けてないって事は、誰も使った事が無い部屋に案内されたら、貴族だったら嫌われていると言って泣いて逃げてしまうのか。ベッドに糞を入れられる虐めのある軍隊暮らしの人間には、この繊細さって本気でわからないねぇ。」


 俺は鞄の中から服を取り出してはハンガーにかけて行ったが、服をクローゼットに片付けながら誰かの視線を背中に感じているような気がした。


 ぽそ。


「何だ?」


 振り向いて、……俺は硬直した。

 ベッドに人形が乗っている。

 金色の縦ロールの髪に真っ青な瞳をし、口元は今には喋りそうに開きかけている、という不気味なものがベッドに座って俺を見つめているのだ。


 その人形はそこには無かったはずのものだ!


 ぽそ。


 また背後で音がしたと、俺はクローゼットの中を再び振り返った。


「うわぉ。こんにちは。」


 今度は大きな熊さんが俺をこんにちはという風に、そこにいなかったはずのクローゼットの床に座っていた。


「……貴族の嫌がらせってえげつないな。」


 俺は取りあえず服を全部片づけると、貴族らしく図書室か居間で本を読もうと部屋を出た。

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