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二十四 結婚話の行方

 イゾルデの母親を誑し込んで味方にしようと考えたが、彼女はあの金髪野郎の育て親であることがよくわかる、魔女のような凶悪さを持っていた。

 薄茶色の髪に青い瞳で皺ひとつなく三十代にも見える若々しく美しい彼女は、俺を見上げて、無表情のまま右の眉毛だけをそっと上げて見せたのである。

 この虫けらは何ですの?という感じだ。


 俺は即時撤退の白旗を上げた。

 これは意味のある退却だ。

 下手に突いて彼女を怒らせ、イゾルデを俺から完全に引き離される事態になることは避けないといけない。

 そこで行儀よく振舞おうとも思ったが、イゾルデは可愛らしすぎた。

 怖い母親の真似みたいに鼻先を高慢ちきにツンと立てているが、頬は俺を目にしてから色味が増すばかりであり、彼女は瞳孔を開きっぱなしで俺を見つめているのだ。


 気が付けば俺は彼女の両手をしっかりと掴んで自分に引き寄せており、あわわと慌てた表情をするイゾルデと部屋中から寄せられる非難の目を見比べれば、非難されてもイゾルデをあわわとさせる方を選んだ。

 まあ、本当のことを言うと、俺の頭がそこまで回っていたとは言い難い。

 こんなのは後付けだ。


 しかし、本能のまま動いては目的のものを手に入れられないのも事実だ。

 金髪野郎が伯爵家に戻って来る前に、俺はイゾルデとの結婚の確約を伯爵から奪い取らねばならないのだ。

 俺は将来のパパに笑顔を作った。


「式は三か月後でいいですか?」


「色々とすっとばしすぎでしょう!」


 結婚関係に詳しくなった上司が横やりを入れた。


「ですが、一日でも早くと俺は考えているのですよ。イゾルデの為に。」


「ああ。」


 ベネディクトは眼鏡を少しずらし、右手を目元に当てるいつもの動作をした。

 痛みかけた目を冷たい指先で静めようとするのだ。


「痛みますか?すいません、伯爵。殿下の目元を冷やせるものをお願いします。」


 イゾルデと色合いも顔つきも似て人が良さそうな伯爵は、ああいけないと呟くと、召使を呼ぶベルに手を伸ばした。

 そのベルを掴む伯爵の手を俺の上司がそっと抑えた。


「ありがとうございます。ユーフォニア伯爵。大丈夫です。」


 伯爵はベルからそっと手を引いた。


「殿下?よろしいので?」


「よろしくないが、君が伯爵さまを使うんじゃない。私の目が痛むのは君のその振る舞いのせいだ。」


「ですが、父と息子と呼び合う仲にこれからなるのですし、今からフレンドリーで行くのはいいかなと。」


 王子は自分がベルを掴むとそのベルを俺に投げつけた。

 俺はそのベルを簡単につかむと、仕方が無いとそのベルを鳴らした。


「はあ、今からこちらの召使に俺が命令することになるとはね。それこそ、図々しいでしょうに。」


「ベルは鳴らさなくていいし、私の言いたい事は違うでしょう!」


 俺は俺の邪魔ばかりするベネディクトが面倒になってきた。

 王子を王宮おうちに返すようにとアダン中尉に目をやれば、アダンはいつものように腹筋を鍛えている様子で喜んでいた。

 あからさまに笑えないと笑いを堪えているだけだが、彼の茶色の目がキラキラと輝いている所を見るに、俺という上司が更なる上司に叱られている所が楽しくて仕方が無いのだろう。

 つまり、奴は王子を王宮に連れ帰る気などこれっぽっちも持っていない。

 俺は俺の癒しに振り向いた。


「もう面倒だ。このまま教会に走ろうか?」


 イゾルデはハハハハと彼女にしては珍しい笑い声をあげると、俺を椅子の手すりから落とそうと頑張り始めた。


「もう!何が三か月後よ!勝手に何を決めているのよ!」


「ああ、そうか、すまなかった。俺は君を妻にしたくて仕方が無いんだ。」


 うわ!イゾルデは俺を押すのをピタリと止めた。

 それどころか、恥ずかしそうに頬を赤く染めたその表情で、俺からあからさまに目を背け、何を言っているのよ、と思いっきり照れた風に言った。


「ああ!可愛い!なんだ!可愛い!俺は君がいないこの数日、一体どうして生きて来れたんだろうね!」


 俺はイゾルデを抱き締め、ただし、室内で銃撃の音が鳴り響いた。

 応接間の戸口には金色の頭をした人格破綻者が立っており、彼が両腕に抱える狙撃銃の銃口からはついさっき弾を出したという印の煙がたなびいていた。


「イゾルデがいるところで銃をぶっ放すとは何事だ!」


「少佐。王子の私がいる場所でと、建前でも言ってくれないかな。」


「だからさっさと帰れば良かったじゃないですか。」


「こんな君を置いて帰れるわけ無いでしょう!」


「何をおっしゃいますか。話は簡単。俺はイゾルデと結婚します。その日取りを決めませんか、それだけで終わった話に茶々を入れてくるのはあなたじゃないですか?ぜんぜん話が進みませんよ。」


「ああ、そう言うか!子爵!その銃を私に!このうすらボケを射殺してやる!」


 王子はソファから立ち上がるとずかずかと戸口に行き、俺に殺気を向けている子爵の手から銃を奪い取った。


「殿下。俺はあなたのその英雄めいた振る舞いが好きだからこそあなたの近衛でいるのでしょうね。」


「この大馬鹿者が!私は本気で君を撃ち殺したい気持ちで銃を奪っただけですよ!」


 ベネディクトは俺を叱責した後、大きく息を吸い込んでから戸口の子爵に向き直った。


「子爵、今回は私の馬鹿者のせいで混乱させたこともあり、この私に向けた発砲は不問にします。」


 金髪の壊れた男は意外と素直に王子に軽く頭を下げた。


「申し訳ありません。私はこの男を見ると正気を失うようです。あなたがいない時にこの男を目にしたら、きっと完全に正気を失って、私は家族全員を間違って撃ち殺してしまうかも知れませんね。」


 俺は壊れていなかった金髪男を見返した。

 やつは真っ青な瞳をギラギラさせて、勝利者の顔で俺をねめつけている。


「そう来たか!」


「ええ。それに、イゾルデは処女のままですからあなたとの結婚話は不要です。」


「どうして処女だって断言するんだ!」


 俺の声が裏返ってしまったのは、この金髪野郎だったらイゾルデの股に指を突っ込んで処女膜のありかを探るぐらい朝飯前だと気が付いたからかもしれない。

 ああ、イゾルデはなんてひどい目に遭ったのだ!

 イレネーはそんな俺を鼻で笑った。


「処女判定いたしましたから。いまここで、あなたのその激昂ぶりを見てイゾルデが汚されていない判断が出来ましたので本日の来訪は許しましょう。ですが、二度と我が家の敷居をまたぐことは許しません。よろしいですね。」


「よろしくないね!」


 俺は椅子にいるイゾルデを掬い上げるようにして自分の胸に抱き上げた。


「きゃあ!ダンベール!」


「貴様!妹に何をする!」


「教会に連れて行くんだよ。いいか?俺はこいつを目にした時からこいつと結婚を考えていたんだよ。結婚詐欺の犯罪者だろうがね、俺の女房にするつもりだったんだ。この可愛いこいつがまだ十八な事には驚いたが、こいつは俺のものだ。」


「きさま!ここで殺してやる!」


「ま、待ってお兄様!け、けっこんします!三か月後にダンベールと結婚させてください!私も夫は彼じゃないと嫌なの!ってきゃあ!」


 俺は守るべきイゾルデを落としてしまった。

 俺が夫じゃないと嫌って言葉が俺の脳天を直撃してしまったからだ。


「大丈夫か!イゾルデ!貴様!妹に何をする!この間抜け!」


 金髪は本気で慌ててように俺の前に飛び込んでくると、彼の大事な妹に怪我はないかと介抱し始めた。


「ちょっと帰る。」


「え?貴様は何を!」


「いや、だって、困るよ。俺が戦死したら俺を夫にしたイゾルデが可哀想じゃないか。一生独り身だぞ、俺じゃないと嫌だなんて言っていたら。」


 金髪の眉毛は一本だったのだろうか?

 どうして綺麗な顔がブルドッグにしか見えないのだろうか。


「あんたが不細工に見えるなんて、俺は混乱しているな。」


 俺はどうしようと頭を抱えながら伯爵家のエントランスに一人で出ていくと、お待ちなさい、と背中に女性の凛とした声を受けた。

 振り向けばそこにはイゾルデの母が立っていた。


「何でしょう?二度と来ませんよ。イゾルデを悲しい人生にしたくない。」


「悲しむことができる権利を奪ってしまうの?あなたは傲慢なろくでなしね。」


 彼女は俺の胸を押して玄関から出すと、俺の鼻先でそのドアをばあんと閉めた。


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