二 これぞ、悪女
結婚詐欺師イゾルデ・ユージーンを発見するまでは良かったが、その後に彼女をどこに収監するかで頭を悩ませることになった。
第四王子が女に騙されて宝物庫にあったブローチを貢いでしまった、という事情は未だにトップシークレットなのであり、そのことが公になる前に俺はイゾルデからブローチも取り戻さねばならない。
収監と尋問に適して逃亡不可能な建物と考えて、俺は航海中の船を選択した。
収監先が決まったならば、次は捕獲だ。
俺は貴族の娘に成りすまして逃げて来たイゾルデを駅で捕まえ、そのまま船の中へと連れ込んだのである。
彼女は貴族の娘のイゾルデ・ユーフォニアの名を騙っているが、貴族の娘が供もつけずに一人旅などするわけがないのだ。
さて、間が抜けてるのは女詐欺師だけでなく、第四王子の付き人も、だろう。
派手好きな第四王子が田舎散策に行きたいと言い出した所で、お付きの誰かが異変に気が付くべきだったのだ。
やりたい盛りの王子は詐欺師に唆されていたのであり、彼を虜にした美女は田舎で再会するや一夜を王子に与えるどころかブローチを持って姿を消した。
――ダンベール、頼む。馬鹿な弟が盗んだのは、国宝の魔法葡萄だった。
第二王子は休暇中の俺に連絡を寄こした。
ブローチを宝物庫から出していたのは、俺の直属上司の第二王子様だったのだ。
婚姻間近の第二王子は慣例にのっとり、婚約者の胸にそのブローチを飾る予定だったのである。
葡萄は子孫繁栄と長寿のシンボルでもあることから、婚礼シーンでは多用されるモチーフの一つでもあるのだ。
盗まれたブローチには最高級品の大粒のアレキサンドライトが葡萄の粒に見立てられているのだが、アレキサンドライトが光によって赤と緑と色を変えるということから魔法葡萄と呼ばれている。
イゾルデはまるでアレキサンドライトのようだと、俺は腕に抱いた彼女を見下ろした。
美しい焦げ茶色の髪はワインの赤を纏ったように艶やかに輝き、時々俺を上目遣いに見つめる瞳はこれ以上ないぐらいのダークグリーンだ。
そして、その美しい瞳が収まる顔の輪郭は美しく可愛らしい卵型で、妖精の様に小作りで形の良い鼻や口元は可憐の一言だ。
彼女は全てが繊細な造りをしているのに、彼女はこんなにも大輪の花そのものなのだ。誰もの目を惹き、どんな男も抱きたいと思う外見なのである。
これでは世間知らずの第四王子ならば、ひとたまりも無かっただろう。
では、この俺が落としてみるのも一興では無いだろうか。
どん!
俺は左横に衝撃を浴びた。
イゾルデが俺を両手で突き飛ばしたのだ。
白く透明感のある肌を恥ずかしそうに真っ赤に染めて、俺を上目遣いで睨んでいるとは何事だ。
世間を知っている女であるはずなのに、この完全無垢な雰囲気を出せるとは、なんと演技派何だろう。
これから一週間。
とても楽しい休暇になりそうじゃないか?
サンドウィッチ論争で言えば、ロシア皇帝の名前が付けられたアレキサンドライトが異世界で存在するのはおかしいという事になりますが、並行社会というパラドクスの一つの19世紀後半に近いヨーロッパが舞台として、似たような歴史と同じような人々が存在するから、という事にして下さい。
クリソベリルとしても、それまたそれを命名したのは、という事になるし、とにかく、アレキサンドライトという石の名前も石そのものも私は大好きなのです。