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十九 おにいさま!!!

 乱暴に揺らされたことで目が覚めたが、私がダンベールの両足の間に入り込んで彼の右の太ももに頭を乗せて寝ていたのだと気が付けば、彼の起こし方に文句を言うべきでは無いだろう。


「ご、ごめんなさい。あ、よ、涎とかあなたの膝に零していないわよね。」


 ああ、零れていた。

 ぽつんと涎の後がある!


「気にしない。君は熟睡していた。」


「ダンベール。」


「俺の股間こそ舐めさせたいと思っているからね。股に涎ぐらい平気だよ。」


「ど、どうしてあなたはそんな事しか言えないの!」


「いやー、俺達の門出を祝ってもらいたいだろ。仲睦まじい様子を君のお兄さんに見て欲しいかなって、ねえ。」


 私はダンベールしか見ていなかった自分の視線を、うすら寒くなってきた背中側へとゆっくりと動かした。

 ……。

 女の子の私よりも可愛らしく美人で自慢のお兄様が、彼こそが蝶よ花よと可愛がっていたはずの私を蔑むような目で見ていた。


「ご、ごきげんよう、お、おにいさま。ほ、ほんじつはおひがらもよく。」


 パニックになりかけた私は、グイっと後ろに引かれ、いつものようにダンベールの胸板に押し付けられた。


「はっははあ!お前、妹に脅えられているじゃないか!よしよし、イゾルデ。俺がお前を守ってやる。俺だけが悪いってちゃんと言ってやるよ。」


 私はダンベールを押しのけた。


「あったり前でしょう。わたくしを誘拐して好き勝手にしたのはあなたの独断では無いですか!もしかしてわたくしが全部悪いと擦り付けるところでした?」


「お前!俺にやられてノリノリだっただろうがよ!」


「きゃあ!身内の前でそんな事言うなんて!この!恥知らず!」


 私はびくともしないダンベールをそれでもバシバシと叩いていたが、私の肩には怒りの籠っているだろう男の手が置かれた。


「イゾルデ。話がある。君は伯爵家の令嬢だってことを理解はしているよね。」


 私はまたダンベールにぎゅうと押しつぶされるみたいにして彼の片腕一つで抱きしめられ、そして彼は私のせいで怪我をしている左手で兄の手を払った。


「それを忘れるぐらい俺がいい男だって事だよ。こいつのせいじゃないね。大体よ、俺はこいつを手に入れた時点で結婚を考えたんだ。伯爵令嬢だからって手控えるわけは無いだろう。」


「お前!そこは手控えろよ!配慮しろよ!この子はまだ社交界デビューもしていない赤ちゃんなんだぞ!」


「すごいな。さすがお兄ちゃんだ。イゾルデ、お前が赤ちゃんに見えるらしいぞ。お前のお兄ちゃんはいい奴だな。」


 ダンベールはニヤニヤ顔で私の背中をポンポンと撫でている。

 いや、兄の言葉はそういう意味では無いと言い聞かせたいが、とりあえずダンベールが先に言った言葉の方が重要で私は自称婚約者を見つめた。


「ねえ。本気で結婚するつもりですの?わたくしが伯爵令嬢だったから、あなたが責任を取るってこと?」


 ダンベールが悪そうにニヤリと口角をあげた。


「俺はね。」


「あなたは?」


「何をするの!私がイゾルデ・ユーフォニアだと知っての所業ですか!」


「そうだ。彼女は私の恋人だ。私を誰だと思っている!」


 私はダンベールの言葉の続きを聞くわけにもいかず、ダンベールこそ私に続きを語るどころでは無くなった。

 どうやら貴賓すぎる人達は甲板ではなく船の中に匿われていたらしいが、もうすぐ船が港に着くそこで、後ろ手に縛られた女性が船の中から引き出されてきたのだ。


「まあ!どうしてジェイニーが。」


 驚く私の目の前で、私の小間使いだった彼女を庇おうと兵士に纏わりついているのは、なんと、ブリュッセン公爵様ではないか。

 私は自分の鞄に国宝が隠されていたことも、小間使いがトイレから戻って来なかった事についても、その理由がすとんと理解できた気がした。

 私だと思われて貴族から求婚された小間使い。

 その経験から、彼女は私の振りをして結婚詐欺をする事を考えたのね!


「腕木通信。あなたは海軍ではないのに、よくそのサインを知っていましたね。」


 兄が彼らの喧騒を眺めながら静かな声を出した。

 え、もしかしてダンベールからの情報で、なの?

 ダンベールの顔を彼の腕の中から見上げれば、惚れ惚れするぐらいの自慢そうな顔つきだ。


「前線を知らないお坊ちゃまはこれだから。生き残るには相手の情報を先に読む事こそ全てなんだよ。」


「その海軍の誰もあなたに注目していませんでしたけどね。」


「いいんだよ。俺はあんたに期待していたからね。この覗き魔。」


「貴様!」


 兄とダンベールはいがみ合っているが、なんだか昔からの友人同士みたいでもある。

 ……だったら。


「まあ!あなた方は知り合いでしたのね。それで、わたくしの濡れ衣を晴らそうと協力なさっていたのね。」


 ちょっと苦しいが、これで兄を交わす事は出来ないだろうか。

 優しいお父様と違い、兄の叱責はしつこくて長い。

 何も知らなかったし何もされなかった、で、兄には私は通したい。


 だが、世界は私には無情だった。


「御覧なさい!あそこにいる女こそ、あなた方が捕らえるべきイゾルデ・ユージーンよ!小間使いの振りをして私から宝石の入った鞄を盗んだ泥棒よ!」


「そうだ!あの女を捕えろ。あの女の相棒は戦場上がりの野良犬だ。国宝に手をかけるなんていくらでもできるさ。」


 私は小間使いだった人に告発され、公爵様にびしっと指をさされてしまった。


 どうしよう。

 小柄で可愛らしいジェイニーと、派手派手しい酒場にいる女に見えるらしい私では、私の方が嘘つきで詐欺師な小間使いに見えるかもしれない。

 いや、周囲の目は私こそ詐欺師であると物語っているではないか!

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