十六 終了のベルは鳴るのか
再び「俺のいない世界」と答えるかと思ったが、彼女は別の願いを口にした。
恥ずかしそうに告白する彼女は食べてしまいたいぐらいに可愛らしく、彼女がもはや俺のいない世界など考えてはいないらしいと勝利感も感じるはずなのに、俺は穴倉に蹴落とされたような気持ちで一杯だった。
やばい。
俺の終了のベルも鳴っている気がする。
「デビュタントのドレス。わたくしだけデザインを変えてもいいですか?」
デビュタント?
デビュタントと言ったのか?
それは自分が女学校出たばかりの小便臭い小娘ですという自己紹介か?
「ちょっと待って。君はデビュー前?もしかしてまだ十代?」
イゾルデは物凄く傷ついた顔を俺に見せた。
「幾つだと思っていたの!ああ、あなたが私にど助平だったのは、私が二十歳以上だと思っていたからなのね!やっぱり遊んでいる女だと思っていたからなのね!酷いわ。どうせ老け顔よ!」
これはイゾルデにとってのウィークポイントだったらしく、彼女は俺の胸を叩きながら騒ぎ立てたが、俺はこれも可愛らしくて良いかなと思いながら彼女を抱き締めた。
「安心しろ。二十過ぎれば老け顔でも何でもなくなる。」
「うわああああああ。慰め方がみんな一緒だわあああ!」
大人びた女に早くなりたいと願う少女の方が多いのに、俺のイゾルデは老け顔だと悩んでいたなんて。
「ハハハハ、君は可愛いよ。ああ、初めて会った時から可愛くて、俺は君こそ世界の男を惑わす女詐欺師に違いないと捕まえちゃったからね。」
くすっとイゾルデが笑った。
そして涙交じりの瞳で俺を見上げた。
ウルウルっとした、生まれたての仔犬みたいな瞳だ。
「俺に押し倒されたくなかったらそんな目で俺を見るな。」
「ふふ。ダンベールったら。ありがとう。でも、私の小間使いに会ったら私なんて目に入らなくなるわ。あの子はとってもきれいな子なの。私に結婚の申し込みがあったと思ったら、あの子が私だと思われていたの。私のお古のドレスをあの子にあげたりしていたから。」
イゾルデがイゾルデ・ユージーンだと俺が思い込んでいたのは、イゾルデ・ユージーンがイゾルデと同じ汽車で伯爵令嬢の名で上京してくるという情報を得ていたからでもある。
犯罪者が偽名を本名と似た名前を選ぶのは、似た名前の方が襤褸が出にくいらしいからと聞いた事もある。
「ふうん?参考までに教えてくれるかな。その美人な小間使いはどんな外見なのかを?」
「興味が湧いたの?」
「俺が追っていた人物かな、と思ってね。」
おや、一瞬イゾルデの瞳の色が陰った。
「……赤毛で人形のような可愛らしい顔立ちよ。」
俺はイゾルデを抱き締めて、彼女の額に真っ赤なキスマークが出来そうなほどに吸い付いた。
もう、チュバ、だ。
「最高だよ、君。これで犯罪者をお縄にできる。君は俺の幸運の女神そのものだ。」
ああ、イゾルデはなんて可愛らしく真っ赤になってしまうのだろう。
大丈夫だ。
彼女が十七歳だからと俺が牢屋に入ることになっても、俺はイゾルデに色々した事は後悔しない。
最後までしなかった事を後悔するだけだ。
俺は嬉しそうだが今にも泣きそうなイゾルデをさらに抱き締めた。
「どうしたんだい?君は。」
「だって、十八になるまでそんなことを言われた事は無かったから。」
「ハハハハ。最高だ。本気で最高だ!今から俺の上に乗ってくれないか?」
俺は足をしたたかに踏まれたが、終了は免れているので問題はない。




