四話 夢の案内人
「あなたは……一体……」
「わたし? そういえば、まだ名乗ってなかったかな。名乗るよ。まあ、人間っぽい名前じゃないんだけどね」
一拍置いて、女の子の口から名前が告げられる。
「わたしは――キンセンカ」
そう言った瞬間、真っ白なワンピースがオレンジ色に変化した。
キンセンカと、絶望の花言葉を冠する可愛い花と同じ色だ。
「花の精霊だとでも?」
「精霊とは違うかな。どう言えばいいんだろ。夢の案内人?」
「意味が分からない。迷子や肝試しの話は嘘?」
「嘘じゃないよ。ねえ、気付かない? この外見は、花ちゃんだよ」
「私? そっか、子供時代の……」
少しだけ思い出した。
女の子の顔は、昔の私と同じだ。
この子は十歳くらいだけど、もう少し上、中学生の私は友達と肝試しをした。
中学生のくせに迷子になり、恥ずかしかったのを覚えている。それ以来、友達とはどこか気まずくなって、私は消極的な性格になってしまった。
もっとも、私は無事に保護された。
病室に迷い込んではいない。病人の女性、つまり今の私みたいな人には会っていない。
「花ちゃんは、ずっと思ってたの。『病気になりたい』って」
「バカなこと言わないで。病気になりたがる人間がどこにいるの」
「意外といるよ。現実に失望している人とか、映画に感化された人とかね。不治の病に冒された薄幸の美女は、とっても魅力的な男性と出会い、映画のように感動的な物語が始まるの」
確かに、なくはない。
なくはないけど、じゃあ私はなんなの?
「病気を望む花ちゃんの心に付け込んだ、わるーい奴がいてね。そいつから何をもらったか、覚えてないと思うけど」
「の、呪いのアイテム……とか?」
「ちょっと違う。願いを叶えるアイテムだよ。あの花瓶がそう。花を挿すための物じゃなくて、願いを叶えるにふさわしい花が咲くの」
これだけを聞けば、使い方次第では最高の結果を生みそうだ。
今はよりにもよって絶望の花が咲いているけど。
「か、仮に、仮にだけど、私が病気を望んだとしても、なんで絶望なの? 私がこんな状況を望んだとは思えない」
「うん、だからね。これからだよ」
「ひっ」
短く悲鳴を漏らしてしまった。
女の子は相変わらず笑顔のままだ。無邪気で可愛くて、なのに恐ろしく見える笑顔。
「わたしはね、花ちゃんに夢を見せてあげるの。とっても美しい悪夢を。花ちゃんが望む通りの夢を」
女の子は、私に向かって手を伸ばした。
反射的に避ける。重病のはずなのに、私の体はすんなり動いてくれた。
動けるなら逃げよう。女の子から逃げよう。
こんなの冗談じゃない。逃げるんだ。
何もない部屋を出るために走り出す。
「あーあ、逃げちゃうんだ。花ちゃんはやっぱり頭が悪いね」
――逃げられるわけがないのに。
そんな声が聞こえるけど、構っていられない。
病室の扉を乱暴に開け放ち、外に飛び出す。
ところが、飛び出した先の地面がなかった。
「うわああああっ!」
悲鳴を上げて落ちる落ちる。
暗い底へ。闇の中へ。まるで地獄へと落ちるように。