二話 キンセンカ
余命わずかな私と、肝試し中の女の子。二人でおしゃべりする。
「お姉ちゃんは病気なの?」
「そうそう。結構長く入院してるし、プロ入院患者だね。プロ過ぎて病室から出ないよ。誰とも会わないんだよ」
「プロ! 凄い!」
冗談で言ったのに、無邪気に喜ばれている。
私のジョークは、女の子には高尚過ぎたか。
女の子――この呼び方も寂しいね。名前を教えてもらおう。
「お嬢ちゃんのお名前は?」
「人に名前を聞く時は、自分から名乗るものだよ」
「こまっしゃくれたガキ……こほん」
口が悪くなりそうだったけど、子供相手に大人げない。
それに、自分から名乗るべきなのはその通りだ。
「私は」
名乗ろうとして、言葉に詰まる。
自分の名前が出てこない。私の名前はなんだっけ?
「私は……」
「名前が思い出せないの? 病気ってキオクソーシツ?」
「難しい言葉を知ってるね。でも、記憶喪失じゃなくて」
病気のせいで、脳にまで悪影響が出た? 自分の名前を思い出せないほど?
「キオクソーシツのお姉さんには、わたしが名前をつけてあげよっか?」
「それでいいよ。お願い」
どうせ誰かに名乗る機会もない。自分の名前が思い出せなくても問題ないし、今だけつけてもらう。
「じゃあね、えっと」
女の子は病室の中を見回している。
病室に名づけのヒントになりそうな物があるかな。変な名前にされそうだ。
「ねえねえ、あのお花は何?」
「お花?」
この病室に花なんかあったっけ?
疑問に思いつつ、女の子が視線を向ける先を見てみた。
窓際に、花瓶に挿さった一輪の花がある。オレンジ色の可愛らしい花だ。
誰かが持ってきてくれたのかな。記憶にないけど。
殺風景な病室で唯一明るさを感じる物だ。
「可愛いお花だけど、名前は知らない」
「頭悪いんだね!」
「クソガ……こほんこほん」
口が達者というか生意気というか、正直腹立つわ。ズケズケとものを言うし、敬語も使っていないし。
子供だし仕方ないと自分に言い聞かせる。
子供が完璧な敬語を操り、TPOをわきまえた発言ができると、そっちの方が怖い。
でも、私が子供の頃はもっとマシだった……マシだった?
子供時代の私って、どんな感じだったっけ? これも忘れた?
もうちょっとで思い出せそうだけど。
「お姉ちゃんの名前は、花ちゃんね!」
記憶を掘り起こそうとする私だったけど、女の子の声で中断させられた。
花ちゃんとは、随分と可愛い名前になったものだ。
「いい名前だね。ありがとう」
「キオクソーシツで頭の悪い花ちゃん!」
「記憶喪失じゃないし、花の名前を知らないくらいでバカ扱いはやめて」
「だって、なんにも知らないんでしょ?」
「だからね」
「あのお花は、キンセンカだよ」
キンセンカ? 知らない花だ。
口から出まかせを言っている可能性もあるし、正しいとは限らないけど。
なんだか、あまりいい花じゃなさそうな……