一話 迷子の子供
目を覚ました途端、全身を蝕む気だるさに襲われた。
一瞬、自分の置かれている状況が分からなくて、でもすぐに理解してしまう。
私は入院している。ここは私に割り当てられた病室だ。
辺りが暗いし夜かな。人の声は聞こえなくて、かすかな機械音だけがある。
どれだけの期間、入院しているだろう。年月の移り変わりすら曖昧だ。
お医者様がおっしゃるには、私は不治の病らしい。余命も宣告されている。
殺風景な病室にいるのは私一人で、ごちゃごちゃした機械により命をつなぐ。
まともな食事を食べられなくなり、点滴で栄養を賄うようになった。
陰鬱とした病室にも、消毒の匂いにも、孤独にも慣れた。
入院したての頃は、お見舞いに来てくれる人もいた。みんなが心配してくれ、早く良くなるといいねと言ってくれた。
今では誰も来てくれなくなったけど。
仕方ないと言えば仕方ない。みんなそれぞれ自分の生活がある。
会社で仕事をし、休日はプライベートな時間を過ごす。公私で忙しくする中、私のお見舞いに割く時間はない。
人に会わなくなって、何年が過ぎただろう。
今日も私は孤独に過ごす。
はずだった。
「あれ? おばさん、誰?」
私の病室に、突然の来訪者があった。子供のような甲高い声だ。
だるい体を動かし、声の主を見る。
本当に子供だった。十歳前後の可愛い女の子だ。
真っ白なワンピース姿は、陰気な病室には似つかわしくない。声も元気だし表情も明るいし、入院患者ではなさそうだ。
なんで子供がこんな場所に? どうやって入り込んだの?
というか、この子、どこかで見たことが……
疑問はいくらでも湧き上がるけど、一つだけ言っておきたい。
「私はおばさんじゃないよ。まだ……若い」
代わり映えのしない入院生活のせいで、自分の年齢もすぐに出なかった。
でも、私はまだ若い。三十歳には届いていないはずだ。
そりゃあ、十歳程度の子供から見ればおばさんかもしれないけどさ。
病気のせいで老けて見えるかもしれないけどさ。
まだ若いんだい……多分ね。
「えっと、お姉さん?」
「よろしい。で、お嬢ちゃんは誰? どうやってここに?」
「わたしね、お友達と肝試ししてたの。夜の病院で肝試し」
やんちゃな年頃の子供らしい行動だ。
夜でも病院関係者や警備員はいるし、よく見つからずに潜り込めたと思う。
「それで、お友達はどこ?」
「はぐれちゃった」
「なるほど、迷子ってわけね」
「迷子じゃないもん。迷子なのはみんなの方だもん」
はい、迷子の常套句、いただきました。
迷子の子供がいるなら、ナースコールでも鳴らす方がいいかな。
それ以前に、無断で入り込んで肝試しはまずい。誰かに連絡して帰らせるべきだ。
だけど、長く人と会話しなかったこともあって、もったいないと感じている。
ほんの少しの間でいい。私の話し相手になってもらおう。