発覚
「ママ〜!ママ!」
階段を下りると、玄関口でママは呑気にLINEをしている。
「ママってば、これを見て!ねっ?」
「何?」
もうすぐ入学式。
ランドセルと届いたばかりの制服を着て、ママに見せようと思ったのだ。
ついでにパパの妹であるお姉ちゃんが『セイジンシキ』の『マエドリ』をしていたので、着て見せたら、『マエドリ』をしてもらえると思ったのもある。
いつもは美遊に冷たいママも、ランドセルの姿の自分を褒めてくれるかもしれないと期待もしていた。
しかし、返事はするが見てくれないママにムッとした美遊は、スマホを取り上げる。
「何をするのよ!」
「見てって言ってるのに、見てくれないもん!」
「はい、見たじゃない。返しなさい!」
「何か言うことは?ねぇ、ママ」
期待を込めて問いかけたと言うのに、無言でスマホを取り上げようと手首を掴み、取り上げようとしたママに反対の手に持ち替えた。
すると、形相を変え叫び始める。
「あんたは、さっきから何が言いたいんや!返せ言うとるやろが!」
と、腕をねじり上げた後、空いている拳で、ほおや鼻を何発も殴りつけた。
口の中が切れ、そして血の味が広がる。
おそろしさと痛みに、口の中の異物を吐き出し、泣きじゃくる。
「わぁぁ〜!」
「うるさい、黙れ!返せ言いよるやろが!」
「わぁぁ!いやぁぁ!ママなんて大嫌い!大嫌い!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな!このガキが!」
再び拳が振り上げられると、隣家……いや、この家は二世帯住宅で、玄関の横は一応扉を閉ざしているが、美遊の祖父母と祖父母の娘で叔母の聖薇がいる……二世帯を隔てる扉が開き、がっしりとした祖父の誠一と、祖母の聖子と聖薇が姿を見せる。
「何をしている!」
誠一の低い声で、ママは強張り、
「こ、この子が……スマホを取り上げたからです。お父さん、お母さん」
と小声で答える。
泣きじゃくる孫を落ち着かせるようにそっと抱きしめた聖子は、ほおの傷だけでなく鼻や唇から血が流れていることに気がつくと、
「美遊ちゃん?ばあばにお顔見せて?」
「ばあば……マエドリ、聖薇ちゃんとおんなじしたかったの……」
「じゃぁ、聖薇お姉ちゃんがしてあげるわ。それを貸してちょうだい」
「本当?」
持っていたスマホを差し出すと、母親が叫ぶ。
「返せ言いよるやろが!それはうちのやがね!」
手を伸ばすのを振り払い、先程娘にしたこと……義父に腕をねじり上げられる。
そして、聖薇が受け取ったスマホの画面を見て、顔を硬ばらせる。
「撮れない?聖薇お姉ちゃん……」
「う、ううん、撮れないんじゃなくて、美遊ちゃんの顔が……。お姉ちゃんのスマホで何枚か撮らせてね?母さん、救急車と警察とお兄ちゃんに電話して?」
「解ったわ」
美遊は撮ってもらうが、次第にジンジンと痛み出す顔に、
「お姉ちゃん、痛い……」
「もう少し我慢しましょうね」
「美遊ちゃん」
聖子は氷枕を準備して現れ、孫の傷の腫れを気にかける。
「もうすぐ来るからね?……それと、美加さん。もう、二度と美遊に近づかないで頂戴!」
救急車のサイレンの音に、聖薇から受け取ったスマホをエプロンのポケットに入れ、聖子は美加を無視し玄関に向かう。
そして、さほど時間も立たず、救急救命士が入って来る。
「失礼します。大怪我をした女の子というのは……」
「この子です!」
ランドセルを外し横にさせ、口と鼻を覆っている少女を見る。
「ごめんね?お名前言えるかな?」
「み、美遊」
「美遊ちゃん。お年は?……大丈夫かい?」
先程よりも傷が激しく痛むのか苦しみ出し、叔母に背中をさすってもらうと、血の混じったものを吐いてぐったりする。
「いいかい?ベッドに横になろうね。どなたかついて……」
「私が行きます!」
聖薇が手をあげる。
「美遊の父の妹、叔母です。美遊は今度小学生です。ランドセルと制服を着て写真を撮りたかったのだと思います。義理の姉に殴られました」
「そうですか……」
「最初はほおを……それに鼻や口を」
腫れ上がる少女の痛々しい顔に、寝台に横たえると救急車に運び込む。
聖薇は自分のスマホや財布を入れたバッグと、美遊の好きなぬいぐるみを抱いて乗り込む。
救急車が出て行くと、しばらくして車が戻る。
美加の夫で、美遊の父の誠である。
父から電話がかかり、早退してきたらしい。
誠の仕事は新商品の開発で、優秀な若手として期待されている。
「ど、どうしたんだ?父さん、母さん、美加!美遊は?」
長女の美遊は、今度小学生。
今1歳の長男、恵太はベッドにいるはずだが、美遊はどこにいるのだろう。
しかも何故、警察が……。
「貴方!美遊が!」
「黙れ!お前が言う資格はない!」
誠一は冷たく告げると、息子に差し出す。
「何ですか?父さん」
「お前の嫁がここでそのスマホを操作していて、美遊が写真撮ってと言ったらしい。聖薇の成人式の前撮りのように、ランドセルの姿を撮って欲しかったようだ。しかし、それを無視しスマホを続け、拗ねた美遊がスマホを取りあげると、ほおを殴り、拳で口を鼻を殴った。そこに散っているのは美遊の血だよ」
「なっ!なんでそんなことを!美加!」
「だ、だって、スマホを取ったのよ!」
「スマホを取られたから、その程度でボコボコにするのか!お前は!」
誠は妻を睨む。
「だ、だって……」
「誠。LINEの中身を確認するといい。どうしても私たちに見られたくないものだったらしい」
「中身……」
スマホを操作し確認した誠は青ざめ、唇を震わせる。
そして妻を見る。
「……この内容は本当か?美加」
「な、なによ!貴方は七年連れ添った妻を疑うの?」
「この『恵太は、旦那の子じゃないと思う』『自分の子供と信じて可愛がってくれてありがたいわ』と言うのは何だ?『美遊は全然私に似ていない。可愛げがない』『美遊は自分に懐かないし、旦那の妹に懐いて、お姉ちゃんお姉ちゃんってウザい』『タバコの煙を吹きかけてやったり、失敗や粗相をしたら食事を抜いたり、見えないところにタバコの火を……』」
「うるっさい!うるっさい!あんたが出張、短期転勤って、私にこの家にいろなんて言うからよ!」
切れたように叫ぶ。
「ここは二世帯住宅で、お前がここを建てると言ったじゃないか。返済がきついと反対したのに、美遊が大きくなったらパートもすると言ったのに、それもせずにうちの両親や聖薇にたかって!度々美遊を置いて遊びに行って、しかも、恵太が息子じゃない?冗談じゃない!離婚する!」
「慰謝料を要求するわ!」
「こちらが要求するとも!お前が美遊に冷たく当たっているのは知っていた!一緒にお風呂に入ろうと言っても、美遊は怯えたようにお前を見て首を振っていた。それがお前の折檻のせいだったなんて!ほ、保険証!美遊のところに!」
誠は階段を駆け上がり、財布と保険証と握りしめ、
「と、父さん、母さん。本当に、本当に済まない」
「それはいいから早く行きなさい」
と、送り出したのだった。
その後、警察に美加は任意同行を求められ、連れ出されたのだった。
聖子は息子の家の階段を登り、スヤスヤ眠る恵太を抱き上げ、おむつなどとともに自宅に戻った。
「恵太には罪はないから……」
その言葉に誠一も頷いたのだった。