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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・夏編
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七ノ三 「一年生のリーダー」

 期末テストは無事に終わった。吹奏楽部員で補習を受ける者は、一人もいない。

 期間中、部活動の時間が短くなっていたのを利用して、部員たちは活動後に、ペア学習に取り組んだようだ。


 ペア練習と同じで、成績の良い者がそうでない者と組んで、教える。それで、教える側も理解が深まり、教えられる側の成績も上がる。

 実際、ほとんどの部員が、前回より成績を上げている。


 しかも、思わぬ効果まであった。教師の間では、吹奏楽部員は元から模範生徒として見られていたものの、練習時間の長さについては、丘が小言を言われることが多かった。それが、成績向上のおかげか、あまり聞かなくなった。実にありがたい。


 これで、活動時間も元に戻り、ようやく練習に集中できる。直近の目標は、プールコンサートだ。

 花田町の市民プールは小さいが、近場に泳げる場所が他にないため、夏は大繁盛する。主に親子連れで賑わい、夏休みの猛暑日には駐車場に列が出来ることもあるのだという。

 毎年七月になると、花田高校吹奏楽部は、そこでミニコンサートを行っている。

 今年は第二日曜日だ。


 その前日の土曜日には、隣町の東中との合同練習がある。コウキと智美の母校で、コンクールの課題曲では花田高と同じ、『架空の伝説のための前奏曲』を選んでいる。

 向こうからのたっての希望で、合同練習を行うことになった。


 そして、翌第三週の三連休が、合宿。夏のコンクール前最後の集中練習として、山の方の宿泊施設で二泊三日を過ごす。

 そこで仕上げを行い、第四週の土曜日に、コンクールを迎える。

 七月は日程が詰まっていて、片時も休んでいる暇はない。

 

 今は、プールコンサートの曲の練習が続いていた。

 プログラムは例年と同じだ。まずは花田高プールコンサートの定番である、『シンクロBOM-BY-YE』で夏を感じてもらい、こどもたちのために日曜朝の特撮番組と女児アニメのテーマ曲を一曲ずつ。そして、最後にラジオ体操で共に準備運動をして、怪我のないようプールを楽しんでもらうという四曲構成だ。

 

 すでに、個人、ペア、パート練でそれぞれの譜面をさらわせている。合奏は本番まで五回あり、そこで仕上げる。

 課題曲と自由曲も同時進行だ。部員は、悲鳴を上げているだろう。


 だが、そうやって短い期間で曲を仕上げようとすることは、結果的に演奏能力の向上につながる。厳しいスケジュールだが、今の部員なら問題ない、と丘は考えている。


 デイホームでのミニコン以降、初心者の顔つきも変わってきた。

 特に、トランペットの万里の変化が著しい。

 『川の流れのように』で、万里がソロを担当した。あれは、パートからの申し出だった。初心者にソロを吹かせるなど話にならないと初めは思ったが、聞けば、納得できる理由ではあった。


 だが、万里が当日緊張などで吹けなくなる危惧もあって、丘は渋った。それについては、コウキが万里の指導に合わせて練習し、もし万里が吹けなかった時は自分が吹く、と言ってきた。それで、許可した。


 実際にやらせてみて、万里は問題なくソロを吹いた。

 あれ以来、万里の音に張りが出てきたように感じる。心境が、大きく変わったのかもしれない。パートの思惑は成功だったと言えよう。


 丘は、初心者の成長のためにソロを使うなどという発想がなかった。だから、万里のソロ以外は各パートのトップに吹かせた。

 結果的には、卓抜な発想だったと言える。おそらく、コウキの案だろう、と丘は考えていた。


 彼は、何なのか。

 そうと分からないよう、コウキの動きには注目してきた。並の高校生ではない、というのが丘の見立てだ。

 

 トランペットの技術には尖った物は無いが、堅実だ。それなりのソロも任せられる程度の腕はあるだろう。

 それよりも、人に教える力が、卓越している。

 

 ペア練習で、万里とコウキが組んだ。初めて三か月弱とは思えないほど、万里は上達している。万里に才能があったのだとは思うが、その才能を的確に引き出しているのは、コウキだろう。

 合奏以外の時にも、丘は部員の練習を見に行くことがあるが、コウキが、これはと思うような指導を万里にしているのを見かけたりもした。


 最近では、コウキが平日の昼食時間に、初心者の七人を集めて練習をしていることも、知っていた。

 ただ個人練習させるだけでなく、合奏したり、七人が担当しているそれぞれの楽器の、ソロがある曲のCDやDVDといったものを鑑賞して議論するなど、面白いこともしているという。


 曲の鑑賞と議論というのは、バンドでも始めていることだ。これも、コウキの提案だった。

 曲を聴いて、思ったことを話し合う。それで、生徒同士が、自分では思いもよらなかった考えに触れ、違う視点で思考するようになる。

 自分の思ったことを、恥ずかしがらずに言葉にする。それも、音を表現することに繋がっていく。


 クラシックや吹奏楽の曲に限らず、幅広いジャンルを選び、時にはポップスのミュージシャンのライブ映像や映画といった、一見吹奏楽とは関係ないものも見せた。魅せ方などは、そこから学ぶことも多い。


 鑑賞と議論は、効果的だった。普段からあまり音楽や芸術に触れない部員にとっては、貴重な機会だ。時間もそれほど必要としない。

 こうしたメニューを、コウキはどうやって考え出しているのか。

 丘には、思いもよらないものだった。


 噂を聞きつけて、二、三年生の中にも、昼に自主練をする者が出始めているらしい。

 コウキが動くと、他の部員まで動く。

 意識しているかいないかは別として、そうなっていた。

 

 例年、一年生のリーダーを決めるのは、九月から十月にかけて行ってきた。だが、今年は早めても良いかもしれない、と丘は思いはじめている。

 コウキは、少しでも早く、全員にリーダーとして認めさせたほうが良い。それだけの力を、コウキは持っている。

 コウキが加わることで、今のリーダー達にとっても、良い影響があるのではないだろうか。

 リーダーにするなら、部長か、学生指導者か。


 職員室の自分の席に座っていた。椅子の背もたれに身体を預けながら、天井を仰ぐ。

 コウキには、どちらの素質もある。

 部長にすれば、部の士気はかなり高まるだろう。だが、コウキを部長にした場合、学生指揮者として彼以上に適任の者がいるだろうか。


 星子や美喜は、技術的にはコウキより優れている面があり、申し分ない。だが、日誌や日頃の様子から感じるところでは、学生指導者を担う力は不足しているように感じる。

 他に、目立って学生指導者を任せられそうな生徒は、今のところ見受けられない。というよりも、コウキが異彩を放ちすぎている。コウキと比べてしまうと、どうしてもそう見えてしまうのだ。

 

「やはり、学生指導者か」


 ぽつりと、口の中で呟く。そうであれば、部長は誰にするべきか。

 部長は、技術よりも人格面が重要だ。三年生の晴子のように、これといった特徴はないが、周りの人間が彼女を支えようとして伸びていくような、周囲を成長させるタイプの部長もいれば、二年生の打楽器の星野摩耶のように、自分が先頭に立って全員を引っ張り上げていくタイプもいる。


 晴子のように、最初はぱっとしなくても、時間が経ってから部長らしくなっていく生徒もいるのだ。だからこそ、簡単に決められる役職ではない。

 

 一年生の中で、素質のある者を見極める時期が来ている。今はまだ、コンクールのことで部員の頭はいっぱいだろうが、落ちついたら、すぐにでも決めたほうが良い。

 コウキだけをリーダーにして、他の者を後から、というやり方は、反発を招く。任命するなら、全役職を同時期にすべきだ。


 丘の頭の中では、候補者が次々と浮かびつつあった。










 星野摩耶は、職員室の丘のところへ、晴子と一緒に呼ばれた。部長と部長サブだけが呼ばれるということは、部の運営に関わる話だろう。

 礼をして職員室へ入り、丘の前に二人で並ぶ。


「先生、お話は何でしょうか」


 晴子が言った。


「一年生のリーダーについてです。今年は、夏のコンクールの後、すぐに一年生のリーダーを決めようと思います」

「えっ!?」


 思わず、摩耶は声を上げてしまった。丘が、ちらりとこちらを見てくる。


「早くないですか? いつもは九月か十月なのに」

「そうです、星野。ですが、今年は早い方が良いと判断しました。学生指導者、副部長、金管木管の各セクションリーダーは、私の方では候補が上がっています。ですが、部長だけまだ決めていません」

「なぜ、部長だけ?」

 

 晴子が尋ねた。


「部長は、その学年の色を決める重要な役職です。誰でも良いわけではない」

「……確かに」


 一年生のリーダーは、例年、九月から十月にかけて決められる。

 丘の推薦、部員の推薦、立候補。この三つから選ばれた部員に、対象者を除いた全部員が無記名で投票する。最多得票の人が、その役職に就く。

 一度決まると、引退時までその役職を続けることが普通だ。途中で人が変わることは、まずない。


「二人は、これはと思う生徒はいますか」


 聞かれて、摩耶は頭に一年生の姿を思い浮かべた。部長という役職は、楽器の上手さよりも部をまとめる力のほうが重要だろう。そうしたことが出来そうな一年生というと、やはりコウキが筆頭にあがる。


「コウキ君、ですかね」


 晴子が言った。摩耶と同じことを考えたらしい。


「私も、三木は考えました。ですが、三木には別にふさわしい役職があると思いませんか?」


 丘が言っているのは、おそらく学生指導者だろう。確かに、コウキの他に、学生指導者が出来そうな生徒がいるだろうか。


「そう言われると、コウキ君は、学生指導者のほうが良いかも……」

「そうですね、藤。私もそう思います。おそらく、部員の推薦でも、三木は部長、学生指導者、どちらにも上がるでしょう。ですが、部長と学生指導者の兼任は出来ません。それは、部の方針に反します」


 部長と学生指導者。運営面と音楽面それぞれにトップを立てることで、ワンマンリーダーになることを防ぐ。そして、その二人を、副部長とセクションリーダーが支える。

 二大リーダー制度は、花田高の伝統だ。


「なら、オーボエの紺野星子ちゃんとかはどうですか」


 摩耶は、とっさに名前を挙げていた。

 星子は、一年生の中で群を抜いて上手い。女の子の中でも、常にグループを作っている。まとめる力はあるだろう。

 だが、晴子が首を振った。


「星子ちゃんを部長にするのは、私は反対です。あの子は多分、部を分裂させます」

「なぜ、そう思うのですか?」


 丘が晴子を見据える。


「星子ちゃんは、多分ですけど、平等に人に接することが苦手な子です。それが原因で、星子ちゃんと敵対する子が出るかもしれません。まだ一年生だから、今後直ってくかもしれないけど……不安です。それだったら、私は中村智美ちゃんを推します」


 意外な名前が晴子の口から出て、摩耶は思わず目を見張った。

 アルトサックスの中村智美は、他の子よりも遅くに入部してきたし、しかも初心者だ。やる気だけは人一倍あるものの、それ以外は特別目立つ子でもない。部長を任せられる要素は、無いように思う。


「理由は?」

「相乗効果っていうか……多分、一年生は誰が部長になっても、コウキ君が実質のトップになるような気がするんです。コウキ君はワンマンリーダーにはならないと思いますけど」

 

 思わず、頷いていた。摩耶も、そんな気がしている。コウキが部長と学生指導者、どちらになったとしても、あの学年はコウキを中心にまとまりそうだ。


「それなら、部長はコウキ君と上手くかみ合う子がなったほうが、二人が協力しあって、コウキ君一人よりも良い影響が出るんじゃないかと思って。そう考えたら、智美ちゃんは、誰にでも同じ態度で接してますし、発言もちゃんとするし、コウキ君と仲が良い。これから育ってくれば、部長として、適任じゃないかと思うんです」

「でも、智美ちゃんは、初心者ですよ」

「初心者だからリーダーに相応しくないってことは無いと思う。むしろ、初心者だからこそ、初心者に寄り添える部長になるんじゃないかな」


 摩耶が思っている以上に、晴子は部員を良く見ているのかもしれない。摩耶にはない視点だった。

 はじめから、智美はリーダ―候補から除外して考えていた。言われてみれば、そういう考え方もあるのか、と思えてくる。


 今まで、心の中では、晴子は部長らしくないと思っていた。頼りないし、周りが支えないと部ががたがたになってしまいそうな、不安定さがある人だったからだ。


 実際はその晴子を支えるために、他の三年生が動く。今年の三年生は九人しかいないというのもあるのかもしれないけれど、結束が強くて、リーダー任せにならず、九人全員が晴子を盛り立てようとしている。

 晴子は、こうやって部員一人一人をよく見ているところが、周りから部長として認められている理由の一つなのかもしれない。


 摩耶は去年、自分が部を引っ張っていくつもりで部長に立候補した。部長が際立てば、それだけ部も勢いがつく。その役を担えるのは、同期の中では自分だけだと思ったのだ。  

 そして、満場一致で、摩耶が当選した。


 実際、同期は三年生ほどではなくても、摩耶を中心にまとまっている。部長がしっかりしていれば、部員もついてくる。その考えは間違っていないと思っている。

 ただ、別にワンマンリーダーになるつもりは無かった。だから、摩耶は音楽面には一切口を出さず、学生指導者の緒川正孝に任せている。

 摩耶と正孝、仕事を分担することで、同期は分裂することなくやれている。


「なるほど、よく分かりました」


 ぎし、と椅子が鳴り、丘が立ち上がった。


「二人の話も参考にしましょう。引き続き、二人もよく考えてみなさい。部長は勿論、他の役職についても。プールコンやコンクールでそれどころではないかもしれませんが、必要なことです」

「わかりました」

「では、職員会議があるので」


 丘に礼をして、職員室を出た。

 並んで、音楽室へ向かう。


「一年のリーダーかあ。他に誰がいるかなあ」

「前に立てる子、っていうのは必要条件ですよね」

「そだね」

「コントラバスの白井勇一君とか、トロンボーンの岸田美喜ちゃんとか、星子ちゃんくらいしか思い浮かばないです」

「うん、私も、かなあ。今年はあんまり自己主張しない子が多いね」


 人数も多い分、仕方がないのかもしれない。


「でも、星子ちゃんとコウキ君は、合うかなあ。微妙だなあ。てか、そもそも星子ちゃん、リーダーはやりたがらなそう」

「あー……」

 

 言われてみれば、確かに星子は、前に立つのを嫌がりそうだ。

 そうなると、他に誰がいるか。

 二人して唸りながら、階段を昇った。

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