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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・春編
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番外 「始まったばかり」

 東中の吹奏楽部は、毎年フレッシュコンクールでは大した成績ではないそうだ。

 それもそのはずで、部の新体制が始まってから一か月で本番を迎えることになるし、一年生は戦力外だから二、三年生だけで演奏するし、課題曲は四月から練習を開始する。

 その状態で良い成績になるわけがない。

 去年も、代表圏外だった。

 

 参加の目的は、上位入賞ではなく勉強である。

 始まったばかりのコンクール練習を普段見てもらえない人に見てもらえるし、他校の演奏も聴くことができる機会だから、そこから学んで本番のコンクールに活かすのだ。

 

 ただ、同じような条件のはずなのに、他の学校にはすでに充分聴ける演奏に仕上げているところもある。

 何故東中はああいう風になれないのか。


 華には、それが分からなかった。


 練習をさぼったりはしていない。

 全員、しっかりと部に参加している。毎日練習を繰り返しているのに、他校と差がつくのはなぜなのか。


『意識の問題じゃないかな』


 メールで、コウキから言われた。


『意識って、どういうことですか?』


 コウキとは、毎日のようにメールしている。

 どうしたら上手く指導できるのか。上の大会に行けるのか。パートリーダーとして、生徒合奏のまとめ役として、部員を引っ張れるのか。

 コウキに聞くのが、一番だと思ったのだ。


『同じ練習をしていても、上手くなる子と伸び悩む子がいる

 それは、頭の中でどれだけ考えて練習しているかの差だと、俺は思う』

『何を意識すれば良いんでしょう?』


 コウキが引っ張っていた時のトランペットパートは、すごく良かった。決して全員上手いわけではなかったけれど、一体感があった。

 常に全員で、トランペットパートという一つの大きな存在になろうとしていた。


 コウキが、華が、真紀が、一人一人が音を出している。そういう状態ではなく、トランペットパートとして一つの音を出す。そういう感じだった。

 今は、そうはなっていない。

 

 あのコウキのまとめ方を真似ようとしたけれど、上手く行かない。何が違うのか。どこが、自分とコウキは違うのか。


『一言で言うのは難しいけど

 何でその練習をしているのか、なぜそうやって吹くのか、これにはどういう意味があるのか

 って、そういうことを一つ一つ全部考えていくことかな

 意味を理解せずに吹いていても、それは吹いているというよりも音を出しているだけだから』


 なんとなく、言っていることは分かった。

 コウキより華のほうが、トランペットの技術的には高いレベルにあると自負している。

 それでも、なぜかコウキには叶わない、と華は思っていた。

 単なる技術の問題だけではないものが、吹奏楽には求められている。

 そしてコウキは、それを持っている。


 知りたい。

 華も、それを知りたい。


『華ちゃんは、今やってる生徒合奏にどういう効果があるか、どういう意味があるか、理解してる?』

 

 聞かれて、困った。

 何となくやっていた。生徒合奏の効果なんて、考えたこともなかった。


『はっきりとは、分かっていません』

『なら、自分の個人練習のメニューについては?』

『それは、分かってます。自分で考えて、自分で必要だと思うことをしています』

『そこの違いじゃないかな

 今、部にとって生徒合奏のメニューは、本当に必要?』


 必要か不必要かという考えを、持ったことがなかった。

 先生から指示されているし、昔からやっているから、生徒合奏はこれをするのが当たり前で、これを練習しながら皆を良くしていくものなんだ、と考えていた。


『俺の代がいたときの部と今の部では人は全く違うし、環境も違う

 その時々で必要な練習って、違うんじゃないかな

 常に同じ練習である意味って、何があると思う?』


 聞かれても、華には答えられなかった。

 昨日届いたそのメールを最後に、一旦送るのを辞めた。少し考える必要があった。


 そのため、フレッシュコンクールは演奏自体には集中したが、それ以外の時間ではぼんやりとしがちになっていた。

 今は、演奏と公開指導が終わって、片付けているところだ。


 そもそも、華は自分の練習では常に同じ練習しかしないという人間ではなかった。

 勿論リップスラーや音階といった基礎練習はするが、リズムや音の高低にバリエーションを用意している。 

 固定した練習だけだと、それが上手くなっても他に応用が利かない。

 どんな音の高さでも変わらない音色で、どんな時でも同じように吹ける。それが華の目標だ。


「華ちゃ~ん」

 

 トランペットを片付け終えてぼーっと立っていたら、洋子が近づいてきた。

 もたれるように抱きつかれ、その拍子に、石けんの良い香りがふわっと漂ってくる。


「何?」

「コウキ君がいないよ~」


 がっくりとした表情で、唇を尖らせている。

 体重がかかってきて、よろけそうになるのを足でふんばった。


「忙しいんじゃないの?」

「フレッシュコンの会場なら会えると思ったのにー……」


 周囲にいた女の子の後輩達が、ちらちらとこちらを見て黄色い声を上げている。なぜか、華と洋子の組み合わせが、後輩に人気だった。

 理由は分からない。洋子は気にしていないのか気づいていないのか、そんなことは構わずといった様子をしている。

 

「後輩の前でそんな情けない姿見せちゃ駄目だよ」


 身体から引きはがして、ぴんと立たせる。

 洋子は四月以降、コウキと会えていないらしい。コウキが忙しすぎて、暇がないそうだ。

 メールはしているようだけれど、それだけでは足りないみたいで、日に日にコウキに会いたい会いたいと言うようになっていた。


「パートリーダーでしょ」

「うっ」

 

 洋子が泣きそうな顔になる。

 今の打楽器パートには、三年生がいない。だから、パートリーダーは二年生の三人から選ばれることになった。

 部内のほとんどの人が、経験者からパートリーダーを選ぶと思っていたから、文が適任で、そうでないなら史になるだろうと予想していた。

 ところが、先生は洋子を指名した。

 洋子自身は辞退しようとしたけれど、顧問は洋子にしかやらせない、と言った。理由は言わなかった。


 しばらくしないうちに学年が上がって、後輩も入ってきた。

 洋子は初心者なのにパートリーダーを任されてしまって、自分の練習と後輩の指導、パートの取りまとめまで、すべてをこなさなくてはならなくなった。

 いきなり負担が増えたことで、洋子は毎日、目が回るような忙しさらしい。そのストレスで、余計にコウキに会いたいのかもしれない。


「そのうち会えるって。今はしっかりしなよ」

「はい……」


 洋子は頷くと、とぼとぼと打楽器パートのところへ戻っていった。

 二年生でパートリーダーを務めているのは華と洋子の二人だけだ。それだけに、洋子はよく華に頼ってくる。できる限りの協力をしているけれど、リーダーの仕事は洋子自身が慣れるしかない。

 

 部長の隼人が、手を叩いた。


「よし、片付け終わった人から中に入ろう。公開指導は同じ課題曲の学校を見るのを忘れないで」

「はーい」


 ぞろぞろと、ホールの入り口に部員が移動していく。

 皆、もう気が抜けたような顔をしている。出番が終わってほっとしているのだろうけれど、こんな調子で本当に県大会へ出場できるのかと、今から不安になってくる。


 今日の本番は、華としては微妙な演奏だった。華自身は問題なかった。バンドの出来が、微妙だったのだ。

 講師の先生の講評も、褒めにくいけどとりあえず褒めておくというような感じで、嬉しくもなかった。


 どうしたら、もっと良い演奏にできるのか。何が足りないのか。

 今の練習は、間違っているのか。

 コウキの問いかけが、華の頭の中をずっと駆け巡っている。

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