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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・春編
82/444

六ノ二十二 「微熱」

 戻ってきた三人は、雨に濡れてびしょびしょだった。

 三人が風邪を引かないよう、皆のタオルやハンカチを集めて拭かせた。何人かがジャージを持ってきていたので、それに着替えさせて男子の制服の上を羽織ってもらい、温かい茶を飲ませた。


 三人の様子からして、結果は思わしくはなかったのだろう、とコウキは思った。

 もっと早くからクラリネットの同期三人と向き合っておくべきだった。昼練を一緒にやっていたし、話さないわけではなかったが、智美達ほど親しくもなかった。

 

 もう少し接点を増やしていれば、異変に気づけたかもしれない。

 先の時点では、コウキの言葉は綾に届かなかっただろう。クラリネットパートで解決するしかなくなっていた。


「どうでしたか、先輩」

 

 しゃがみこんで、未来の顔を覗き込んだ。

 未来は、そっと携帯と自転車の鍵を差し出してきた。追いかけるときに、コウキが渡したものだ。雨に濡れてしまったようだが、防水機能のある携帯だったので壊れてはいない。


「貸してくれてありがとう。伝えることは、伝えたよ」

「なら、きっと近藤さんは来てくれます」


 今は、三人にかけられる言葉はそれ以上なかった。

 女の子達に任せてそばを離れ、夕と和のところへ向かう。英語室で、智美、幸、星子が二人を見ている。先程まで泣いていたが、今は落ち着いているようだ。


「どうだった?」


 智美が聞いてきた。


「駄目だった訳ではないみたい。近藤さん次第っぽい」

「そっか」


 こういう状況を、避けたかった。 

 綾は、前の時間軸ではいない子だった。だから油断していた。どういう子か、詳しく知る前に起きてしまった。

 今は、コウキに出来る事は何もない。


「皆。夜、近藤さんに、メールしてみてほしい。きっと今、近藤さんの気持ちは揺れてると思う。仲の良い子から連絡があれば、気持ちが変わるかもしれない。俺みたいな、まだあまり仲良くない人間からも連絡がくると、皆の言葉まで薄っぺらくなる。皆しか言葉をかけないほうが良いと思う」

「そっとしておいた方が、良くない?」


 星子が言った。


「うん……それも思ったけど、今、近藤さんは部活を楽しくないと思っちゃってるんだよね。そしたら、声をかけたのが先輩達だけだと、近藤さんは戻ってもまたきつい風当たりがあるかも、って思うかもしれない。皆が近藤さんを支えてくれるって知れば、戻ってきてくれるかも」


長い沈黙の後、珍しく、星子が頷いた。


「……分かった」

 

 普段から、あまり星子はコウキと親しくしたがらなかった。仲が悪いわけではないが、何となく避けられている感じだった。それだけに納得してくれたのは意外だったが、今はありがたい。


 夕と和に、何か声をかけようかとも思った。

 だが、口出ししすぎている気がした。あとは、女の子同士のほうが良いだろう。

 コウキは、そっと英語室を後にした。


 

 






 

 


 知らない間に、何か部内で問題が起きていたらしい。

 昨日、クラリネットパートで騒ぎがあって、同期の綾が辞めると言って出ていったそうだ。

 アルトサックスの井口真とアニメの話で盛り上がっていた元口久也は、そのことに気がつかなかった。


 昼前の合奏中に綾と和が登校してきて、騒がしくなった。それで知った。

 綾は部活を続けるらしい。

 丘も綾の肩に手を置いて語りかけていた。


 皆の前で綾が頭を下げて、続けさせてください、と言った。

 

 久也は、こういう雰囲気が苦手だった。吹奏楽部独特の慣れあいというか、思春期のドラマ感のようなものが好かない。


 中学は顧問が鬼のような人で、辞めるなんて言い出したら恐ろしい事になるのが予想出来たから、誰一人そんなことを言う部員はいなかった。 

 悩んでいる暇があるなら練習、というような顧問で、じめじめとした展開は多くは無かった。

 それが久也には合っていた。


 綾の話のついでに、部内で誰かの失敗を責めるような雰囲気はやめよう、という話になった。皆仲間なのに、互いに責めあうのは何の益もない、と。

 いつものようにコウキが提案していた。ほとんどの人が賛成して、そういうことになった。


 久也にとっては、それもどちらでも良いことだった。きっちり吹けていれば、何も問題ない。吹けないなら、練習すれば良い。

 合奏が止まろうと、久也は自分の仕事をする。それだけだ。

 

「おやおやぁ。腹黒な元口君は、また何か考えてますかぁ?」


 二年のユーフォニアムの池内よしみが、横から覗き込むようにして囁いてきた。にやにやしている。


「別に、何も考えてませんよ」

「綾ちゃんが戻ってきて嬉しくないの?」

「ほとんど喋ったことないですし」

「あらら」


 他の人に聞かれないよう、小声で話し合っていた。

 誰が辞めようと関係ないが、部員が減ったり増えたりすると、それだけでバランスも崩れる。戻ってきたなら、それで良い。


「では、良い時間ですから、少し早いですが昼休みにしましょう。再開は十二時四十五分から」

「はい」


 丘に全員で礼をして、解散した。

 女子が、綾の周りに群がっている。

 それを横目に、久也は音楽室を出た。

 

 部室でユーフォニアムから外したマウスピースを洗って、それから真とコンビニに昼食を買いに出かけた。


「全く話についていけてなかったんだけど、何、近藤さん辞めることになってたの?」

「らしいね。俺も気づいてなかった。まあ、来るようになったんなら良いんじゃない」

「うん、まあ」


 コンビニで、焼き肉丼とジンジャーエールを買った。

 真はカップ麺だ。お湯をコンビニで注いで、持ったまま部室へ戻る。真はいつもそうだった。

 大抵、途中でちょっとこぼして熱がる。


「俺もついていけてないんだけどね、部活」

「井口君はサボりがちだね」

「家遠いんで……」

「あー、一時間半だっけ」

「そそ。朝練出ようと思ったら五時起きとかじゃないと。夜も家に着くの九時くらいだし、飯食べて風呂入ってパソコンいじって、そしたらもう零時回るから。寝る時間ないし」


 パソコンをやらなければいいのではないのか、と思ったが、口には出さなかった。


「遠いと大変だねー」

「河名先輩が怖い」

「目つき悪いねあの人」


 河名栞は、真と同じアルトサックスの二年生だ。いつも真を怒っていて、真も苦手意識があるらしい。

 ただ、久也が仮に真の先輩だったとしても怒るとは思うから、真の自業自得な感じはする。真は、あまりにもやる気を感じないのだ。

 だがそれについて、久也は真に言うつもりはなかった。変に事を荒立てる気はない。


 学校に戻ると、総合学習室で同期の女子が、綾を中心にして賑やかに騒いでいた。

 その横を通り過ぎて、英語室に向かう。


「おっ、お帰り」

 

 コウキが手を挙げた。

 勇一と打楽器の成端陸もいて、すでに弁当を食べ始めている。

 今日は一年の男子全員で食べようとコウキが提案してきて、それで集まっていた。


「おつかれでーす」


 椅子と机を寄せて、買ってきた弁当を置く。


「盛り上がってたね、向こう」

「近藤さんが戻ってきてくれたからね。良かったよ」

「俺と井口君、気づいてなかったんだよねそれ。さっきの合奏中のやり取りで初めて知ったっていう」

「マジか。結構騒ぎになってたぞ」


 勇一が驚いたように言った。

 昨日のその時間は、アニメの話をしながら、ちょうど自販機に飲み物を買いに行っていたから気付かなかったのかもしれない。戻ってきてからも音楽室にいたから、総合学習室より向こうの様子は知らなかった。


「まあ、終わったなら良かったんじゃね」

「久也君、ドライだね」

「ドライっていうか、ああいうじめじめした雰囲気が苦手なだけかな」

「じめじめ?」

「うん、なんか青春っぽい感じのこと」


 陸が、笑った。


「やっぱドライじゃーん」


 そう、なんだろうか。

 買ってきたジンジャーエールを飲んだ。炭酸が、効く。


 久也には、仲間とか皆仲良くとか、そういう感覚がよく分からなかった。

 一緒に部活をしているから、赤の他人ではないとは思っている。


 だが、別に全員と親しいわけでもないし、まだ話したことのない人も大勢いる。顧問の丘ですら、挨拶くらいしか交わしたことがない。

 同期の男子とも、やっと最近になって全員と話すようになったくらいだ。


 積極的に部員と関わろうとしているコウキや女子達のような生き方は、自分には出来そうにもない。

 焼き肉丼をかきこみながら、久也はそう思った。

 

「そーいや、来週の金曜、男子全員で部活終わったら集まるって聞いたか?」

「あ、聞いたー。強制だって言われたけど……白井君は行く?」

「まあ、行くしかないよな。コウキは?」

「勿論行くよ」

「え~、コウキ君が行くならうちも行こうかなぁ」


 陸が、指を口に当てながら言った。

 なんとなく、陸は女子っぽい仕草をする。口調も女子みたいだ。


「井口と元口君は? 行くのか?」

「行く」

「俺も」

「全員参加か。何するんだろうな」

「男子部員の結束を高めよう、みたいな会じゃない? 男子少ないし」


 コウキの予想は当たっていそうだ。今年の男子は、一年が五人、二年が三人、三年が三人。十一人しかいない。

 肩身が狭いとまでは言わないが、やはり女子のほうが多い分、やりづらいこともある。


 女子は、苦手だ。男子となら、同性同士、気楽に接することが出来た。そういう会も、嫌いではない。


「めんどくせーな」

「いやいや、楽しそうじゃん。勇一こういうの嫌いなの?」

「帰ってアニメ見たい」

「うわ、それは分かる」


 久也と真の声が揃い、同時に頷いた。

 三人は、アニメや漫画が好きだ。

 コウキはあまり見ないそうで、陸は日曜朝の魔法少女系や子ども向けの可愛いキャラクターのアニメしか見ないらしく、久也達とはジャンルが合わなかった。


 部活動も嫌いではないが、アニメを観る時間が中学に比べて減ったのは痛い。

 録画したものが、どんどん溜まっている。


「たまには休日欲しいよね」


 ぽつりと呟くと、コウキ以外の三人が同意するように深く頷いた。


「え、コウキ君、いらんの?」

「うん。まあ、必要だとは思ってるけど、俺個人は別にいらないかな。部活してる方が楽しいし」

「こいつ部活のことしか頭にねーな」

「いやそんなことないよ」

 

 コウキが口をとがらせている。

 久也から見たコウキは、何というか、次元の違う相手だった。


 爽やかで、女子とも気兼ねなく話して、人間関係に積極的に突っ込んでいく。部活動にも全力で、久也と正反対だ。

 常に人に囲まれているコウキを見ていたら、普通なら嫉妬を抱きそうな気がするが、不思議とそういう気持ちにもならない。


「えー、じゃあ何考えてるの他に。好きな子のこととか? てかコウキ君って好きな子いるの?」

「陸は女子か」


 勇一に突っ込まれて、陸が体を微妙にくねらせた。


「だって興味あるもん。中村さんとは付き合ってないんだよね? いないの、そういう子?」


 コウキが一瞬黙って、目を伏せた。それから、ぎこちない笑いを浮かべた。


「いるっちゃ、いるかな」


 陸が、甲高い声を上げた。身を乗り出した拍子に、机が音を立てる。


「だれだれ!? うちの知ってる人!?」

「いや、知らないと思う」

「やだー気になる―」

「いやもういいって、この話は。終わろ終わろ」


 空の弁当を包みに仕舞って、コウキが立ちあがった。

 何となく、コウキが壁を作った気がした。普段は、コウキから壁を越えようとしてくる。

 触れられたくない話題だったのだろうか。


 手を振りながら英語室を出て行くコウキを見て、久也は何となくそう思った。

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